00. お名前、サイト名、そして抱負を聞かせてください
名前:十和田 茅(とわだ・ちがや) / サイト名:茅葺き屋根の家
02年クリスマス&歳末企画。一日に一話更新していきます。ちょうど30話全部出来上ったら今年もおしまい。みなさま、お付き合いくださいませ。
※結局「19.予定外の出来事」で止まってしまいました。洒落みたい(笑)
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01. はじめまして
「別れましょ」
イブ前日の彼女からの電話。第一声はそれだった。
「唐突だな……」
「そう?」
電話口の向こうで小さく笑み。
離れていてもわかる。こいつは、こぢんまりした部屋の片隅で、壁に背中を預け膝を抱えて電話してきている。テーブルの上には温かい飲み物。それがいつものこいつの癖。
「あー。ま、なんだな。仕事、忙しかったもんな」
忙しいのはいつもオレの方だ。今日も仕事で、明日も明後日ももちろん仕事。正月は一日から元気に出勤。いままでもずっとそうだったから愛想をつかされても文句は言えない立場というやつだ。
会話が少しとぎれた。これも、いつものこと。あいつがテーブルの上の飲み物を一口、口に入れたときの。
「祐介ってばそういうとこ変わってないね」
「どういう所だよ」
「わざとショック受けなかったフリすんの」
……ちっ。
あっちはあっちでお見通しというわけか。
またしばらく間が空く。
「まぁ、あれよ? いつまでも女が自分のもんだと思ってんじゃないってやつ?」
くすくすと笑う。こういうときあいつは馬鹿にした声でもなく、偉そうでもない。本人には絶対言ってやらないが可愛い声。
「ああ、ああ。ワリかったって」
ヤケだ。
こういうのを未練というのだろうか。なんだかぐずぐずするのも格好悪い。それでも、変わらないこいつの声を聞いていると明日も同じ調子で電話がかかってきそうな錯覚さえ覚える。
「……じゃ別れる、か」
「ゆーすけ」
てっきり「うん」というと思っていた彼女は、甘えた声でオレを呼ぶ。
「引き留めてくれないんだね」
しまったーッ! そういう展開っすかー!?
「ちょっ、待……その……!」
「なんちゃって。いや、祐介が『嫌だ』っていっても別れるけどね」
しれっとした声。
……。
このアマ、いい度胸じゃねーか。
しかしこの女は次に特大級の爆弾を落としていった。
「結婚するんだ。あんたじゃない人と」
なんですとー!?
このとき、オレの手から電話が滑り落ちなかったのは奇跡に近かった。
「どうよ、祐介。ちょっとはショック受けた? ファットマンかリトルボーイクラス?」
「いや、どっちかってーと大陸間弾道ミサイルにデイジーカッターをプラスした感じで……」
何をいってるんだ、オレは。
どっちにしろ後々まで残る軍事兵器クラスの衝撃だったことは間違いない。
電話の向こうでこいつはのんきに、また小さな笑い声を上げた。それが止まったかと思うと何か飲む音。
「ねぇ? 私、絶対幸せになってあんたの前に現れるよ。そうしたらいうからね。『はじめまして』って」
「おま……嫌味か、そりゃ」
「ううん。幸せになった私ともう一度、仲良くなってほしいから」
のろけた甘い声。
オレとつきあい始めた頃のような。
それを維持する努力を放棄したのはオレの方から。だから、こいつはもうオレのものでいてくれない。どっかの誰かが幸せにする。
オレじゃない誰かが。
「……『はじめまして』だな?」
「そうよ。『はじめまして』。そこからまた新しく私と祐介の関係は始まるのさっ」
「分かった」
電話の向こうのこいつではないが咽を潤す何かが欲しかった。
涙が潤す、なんてのは洒落にならんぞ。
「オレも『はじめまして』って言ってやるよ」
……そして、嬉しそうな声で電話は切れた。
***
次に彼女に会ったのは年を越えてから。
久しぶりに帰省した町で、見慣れていたはずの女が目の前にいた。
「『はじめまして』、祐介さん」
他人行儀な挨拶。
約束通りの。
オレは、開いた口が塞がらなかった。
彼女の隣には彼女の旦那……正確にはまだ籍を入れていないらしいので婚約者が座っている。
オレんちのこたつに入って。
「どーした、祐介。そんな間抜け面して。あ、紹介しような。お前の新しいお母さんだ。いやぁ、こんなやもめのところに嫁に来てくれるなんて本当に夢のようだよ。若くて美人で気だての良いお母さんなんて理想的じゃないか」
「やだぁ、ゆーいちろーさんったらぁ〜」
と、親父の背中をひっぱたく女は確かに去年までオレの彼女で……。
誰か悪夢だといってくれ。
「……『はじめまして』。……お義母さん……」
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