17. 君は誰
田んぼのあぜ道駆け回り
すすき野原を転げ回って
今日も日暮れでねぐらに帰ろ
昔々、とある村では仲良しこよしの子供らがおりましたとさ。
*
その年は、どか雪が積もった。子供らは父っちゃ母っちゃに「お山に入っちゃなんねぇぞ」といわれていたにも関わらず、山へと遊びにいく話をしておった。
「いやじゃ、おらも行くー」
アケミが駄々をこねた。おなごは行っちゃいかんと、男の子らにいわれてしまったから。
「アケミちゃ。危ねぇから、行っちゃなんね……」
いっつもアケミにくっついている妹分のサユリが止めた。それに勢いづいて、男の子らが叫ぶ。
「おなごは危ないから、駄目じゃ」
「そうじゃ、何かあったらどうするんじゃ」
「そうじゃそうじゃ!」
勢いづいて大きな声を出す小さなトシ坊を睨んで、アケミが鋭い声で指を差す。
「だったらトシ坊も置いていけ! まだ小ぃちゃいでねぇか!」
いわれたトシ坊はびっくりした。
確かにトシ坊は今年でみっつ。山に入るには少し幼すぎた。普段ならアケミかサユリが子守をして目を光らせているが、男の子ばかりで遊びに行かせるには少々心配がある。
もっとも活発なアケミは男の子らに混じって駆け回るのが大好きで、子守はもっぱらサユリの役目だったのだが。
男の子二人は、一番小さな弟分を見た。
トシ坊は、兄ちゃんたちのその視線に、置いて行かれると思ったのだろう。目にいっぱいの涙を溜めたかと思うと、いきなり駆け出したのだ。
「こら、トシ坊! どこ行くんじゃ!」
「いやじゃ、いやじゃ。置いてけぼりはいやじゃ。わしも山へ白いうさぎを見に行くんじゃ!」
子供の足を侮っては行けない。
トシ坊は年長の兄ちゃん姉ちゃんに追いつかれないくらい早く早く駆けていった。お山へと入っていった。
「一人で山に入っちゃいかん!」
追いかけながらケン太が叫んだ。
他の三人もその後に続いて山へと入っていく。おっかなびっくりのサユリでさえも。
みな、口々にトシ坊の名前を呼んだ。だけど捕まったら連れ戻されると思っているトシ坊は、一人でどんどんどんどん山の奥へと逃げていった。
「トシ坊、危ねぇ!」
誰がそういったのかは定かではない。
全員が、声の示す方向を見た。小さなトシ坊は逃げることに夢中になるあまり、川縁の雪を踏み抜いてしもうた。
「トシ坊ー!」
四人が見ている目の前で、小さなトシ坊の体は雪と一緒におっこちていった。
ばっしゃーん
夏でも冷たい川の水。流れが速いので凍ってはいなかったが、それはもう、身を切るように冷たいであろう。トシ坊は流れに飲まれてしまった。
「たすけてえ」
トシ坊はまだ泳げない。
「ケン太、あんた早くトシ坊を……!」
アケミとサユリは口々にケン太に助けを頼んだ。あの急な流れではおなごの手では助けられぬ。
しかしケン太の表情は凍ったままだった。
「駄目じゃ……わしは泳げんのじゃ」
流されていく小さな弟を助けることもできない。川縁を走って、一緒に下っていくしか。
もう駄目か。そう思ったとき。
「おらが行く!」
ケン太とアケミとサユリを置いて、最後の一人がさっそうと身を翻した。
彼は川へと飛び込むとすいすいと泳いで、流されていくトシ坊に追いついた。
「おらに捕まるんじゃ」
「うわーん」
二人はそこから、流れる川の水に負けないくらい強い力でぐんぐん岸まで泳ぎ着いた。なんともたいしたものよ。
「大丈夫か!」
小さなトシ坊は水を少し飲んでいたが、無事だった。凍える体をサユリが自分の着物の裾で拭いてやる。ケン太がトシ坊を抱きかかえた。
「……にいちゃん……」
「大丈夫か!?」
「兄ちゃんが、助けてくれたんか……?」
ケン太はトシ坊の兄だ。
だが、ケン太は泳げない。弟は何をいっているのだろうと、ケン太は首を振った。
「おらじゃねぇ。あいつが助けてくれたんだ」
「……誰?」
ケン太とアケミとサユリは互いの顔を見合わせた。
「あれ?」
いつも仲良し五人組。いつも五人で遊んだ。だが、ここには。
四人しかいない。
そしてだれも最後の一人の名前を思い出すことはできなかった。
「あいつ、誰じゃった?」
沈黙が、降りた。
ややあってアケミが口を開いた。
「……おら、じっちゃに聞いたことがある。いっぱいの子供で遊んでおって、みんな知ってるけど誰も知らん子供がひとり混じっておったら、それは座敷童子というんだって」
*
田んぼのあぜ道駆け回り
すすき野原を転げ回って
今日も日暮れでねぐらに帰ろ
座敷童子が住みついた家は繁栄するんじゃと。
それより何より、座敷童子は子供の神様だというでなぁ。
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