十和田茅による30の戯言(11)  (02/12/11更新) [目次に戻る]

 11. 37.5

 目覚めると、体がだるかった。
 三十七度五分。
 体温計を眺めてぼんやりと、今日は辛いな、と思う。

 微熱はどこまでを「微」熱というのだろう。三十八度まで出たらもう「熱」と呼ぶんだろうが。三十七度だときっと「微熱」の域だろうと思う。では、その中間は?
 そんなどうでもいいことをぼんやりと思うのは、きっと熱のせい。
 食欲がない。冷蔵庫の中のものをあさりヨーグルトを出してくる。あとはバナナを胃袋に入れれば昼まで保つだろう。豆から淹れた熱いコーヒーが飲みたかったが、今の体調だと絶対コーヒーがまずいに決まっている。それに、そんな時間もない。しかたなしにティーバッグで紅茶を作る。
 それを一口、口に入れるが。
「……味がしない」
 これではまるで、色の付いただけの、湯。
 鼻までいかれてきたというのか。
「それとも熱のせいかなァ……」

 今日は休もうかな。
 そんな甘い考えがちらりとよぎる。思ってから、無理だと考え直した。年末調整で忙しい。師走に入ってからどの部署もばたばたしている。毎日毎日、上から回されてくる書類、帳簿。それらを見ながら電卓を叩きパソコンに向かう日々。来年の一日はなんとか休みをもらえたが二日は出勤だ。多分、今年も帰省はできない。

 ――正月ぐらい帰ってきんしゃいね。あんたの仕事なんて、あんたがいなくても困りゃせんでしょーに。

 脳裏に浮かぶのは実家の母の声。
 当たっているだけに腹が立つ、ということも人間にはある。
 決めた。今日は、意地でも、仕事に行く。
 半分残そうかと思ったバナナを紅茶で無理矢理飲み込んで、勢いよく立ち上がった。
「そうよッ、たかが37.5度の熱くらいで休める、あまっちょろい仕事なんかしてないのよ私はッ!」
 自分に言い聞かせるように、彼女は大声でわめくと、素早くスーツに着替えて車のキーを手に飛び出した。

 明日は日曜日。ゆっくりと眠るのはそのときでいい。

   *

 本当は今日こそが日曜日。
 そして熱に浮かされた彼女は、せっかくの日曜日だというのに仕事をして帰宅するはめになった。
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 モノカキさんに30のお題( 04.07.10 リンク切れ)----http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Tachibana/8907/mono/index.htm