11. 37.5
目覚めると、体がだるかった。
三十七度五分。
体温計を眺めてぼんやりと、今日は辛いな、と思う。
微熱はどこまでを「微」熱というのだろう。三十八度まで出たらもう「熱」と呼ぶんだろうが。三十七度だときっと「微熱」の域だろうと思う。では、その中間は?
そんなどうでもいいことをぼんやりと思うのは、きっと熱のせい。
食欲がない。冷蔵庫の中のものをあさりヨーグルトを出してくる。あとはバナナを胃袋に入れれば昼まで保つだろう。豆から淹れた熱いコーヒーが飲みたかったが、今の体調だと絶対コーヒーがまずいに決まっている。それに、そんな時間もない。しかたなしにティーバッグで紅茶を作る。
それを一口、口に入れるが。
「……味がしない」
これではまるで、色の付いただけの、湯。
鼻までいかれてきたというのか。
「それとも熱のせいかなァ……」
今日は休もうかな。
そんな甘い考えがちらりとよぎる。思ってから、無理だと考え直した。年末調整で忙しい。師走に入ってからどの部署もばたばたしている。毎日毎日、上から回されてくる書類、帳簿。それらを見ながら電卓を叩きパソコンに向かう日々。来年の一日はなんとか休みをもらえたが二日は出勤だ。多分、今年も帰省はできない。
――正月ぐらい帰ってきんしゃいね。あんたの仕事なんて、あんたがいなくても困りゃせんでしょーに。
脳裏に浮かぶのは実家の母の声。
当たっているだけに腹が立つ、ということも人間にはある。
決めた。今日は、意地でも、仕事に行く。
半分残そうかと思ったバナナを紅茶で無理矢理飲み込んで、勢いよく立ち上がった。
「そうよッ、たかが37.5度の熱くらいで休める、あまっちょろい仕事なんかしてないのよ私はッ!」
自分に言い聞かせるように、彼女は大声でわめくと、素早くスーツに着替えて車のキーを手に飛び出した。
明日は日曜日。ゆっくりと眠るのはそのときでいい。
*
本当は今日こそが日曜日。
そして熱に浮かされた彼女は、せっかくの日曜日だというのに仕事をして帰宅するはめになった。
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