22. ふたり
男はベッドの上で紫煙をくゆらす。
女は着替えていた。
朝の光がブラインドの隙間から射し込んでフローリングの床に影を作る。
「その格好で仕事行くのか」
男は声をかけた。女は不思議そうに、うん、と答える。いつものひっつめ髪は今、おろされていた。
昨夜、女はここに泊まった。
ここには女が会社に着ていけるような服など置いていない。どれも男の好みに合わせた体の線の出るような服ばかり。
だが女はなんでもないことのように淡々と答えるのだ。
「向こうに行けば制服があるもの。この服に地味な化粧は似合わないから、会社に着いたら化粧直しだけしようかと思ってる」
この女は、いつもこうだ。
何を考えているのか分からないとよくいわれているらしい。感情の発露があまりないタイプ。
ナンパで引っかけて付き合いはじめてからもう何年になるだろう。
「……朝メシは」
「いらない」
「食え」
男は重い腰を上げた。女は男を見つめる。
「私が作れるものといったらカップラーメンくらいなのよ?」
「知ってる。まだ時間あるんだろ」
男はズボンに足を突っ込んだ。上にはなにも羽織らないまま台所へ向かう。すれ違いざま、女の化粧気のない唇を軽くついばんだ。
時計の針が十分進むか進まないうちに卓には皿が並ぶ。
「おら、食え」
「……朝ごはん食べるの久しぶり。朝から入らないわよ」
「こんなもん、メシのうちに入るか。食えよ?」
ドスをきかせて男は女の正面に座った。パンと卵と果物と。女はパンを残し、卵だけはなんとか平らげ、最後に果物を少しついばんだ。
「もう入らない……」
「せめて牛乳は飲んで行け!」
コーヒーや紅茶より遙かに栄養がある、と男は牛乳の入ったマグを押しつけた。
女は時計を気にしながらマグをあおる。
*
冷たい女だと思っていた。
左脳が発達した考え方が周りに壁を作る。
抱いてみたら当たり前だが温かかった。
普通に、真面目に、表街道だけを歩いて生きてきたはずの彼女は、どこか自分を捨てているような雰囲気を醸し出す。自分はといえば思いっきり捨て鉢になって裏街道を歩いてきた。そんなところが共感できたのかもしれない。
これまでひっかけてきたどの女より、いつの間にか側にいると一番心地いい。
「行って来ます……」
「ああ」
女が出かけたらもう一眠りしよう。男はそんなことを思いながら送り出した。
出ていく彼女を見送りながら、こういうのが続いてもいいなと男は思った。
女もまた、こういうのが続いてもいいかもしれない、と思っていたことはこの時点で知る由もない。
*
ふたりがひとつの名前になるのはそれからすぐ。
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