20. モノクロ
ピューリッツァー賞を獲ったという、一枚のモノクロ写真。
それが俺の運命を変えた。
*
もうもうと舞う砂埃。中東の砂は日本のそれよりさらに細かいのだと誰かがいっていた。これはもう砂なんかじゃない。埃そのものだ。精密機械に砂が入り込んで使い物にならないのだという。俺は素早くフィルムを交換した。内部からふわっと砂埃が舞う。
「ちッ、ここにもか」
どうかこのフィルムがおしゃかになりませんように。俺はそんな考えを頭をふることで追いやると、目の前の被写体に夢中でシャッターを切った。
祈る神を持たない俺は
異なる神を仰ぐ二つの国の間で
神より信仰するカメラを掲げる。
野戦病院は血の匂いと腐りかけた肉の臭いが充満していた。病んだ目をした男の、全身に刻まれた古い銃創と、新しい傷。赤子の屍を抱いて涙する女。なにも映さないガラス玉のような目をした、足を吹っ飛ばされた少年。そのむこうで油と火を一緒にばらまいたような先進国の大量殺人兵器が暴走する。戦争の光と影。必死でシャッターを切る。
「カメラを向けるな!」
現地語で鋭い声がとんだ。頭の半分が包帯で覆われている男だ。あの不自然なガーゼの形から頭蓋骨が半分なくなっているのだろうと予想される。
「お前らは人の不幸を食い物にしている!」
敵意に満ちた目が一斉にカメラに向けられた。少年のガラス玉のような目でさえ。ああ、そうだろうともさ。カメラというガラスの目を向けて、俺は、お前らの戦争で食っているんだ。けれど誰かがこの悲惨な「現実」を伝えなきゃ、のうのうと毎日カロリー過多な飯を食って、選べるだけの服を着て、惰性で生きている豚どもには分からない。それが俺でなぜいけない?
生きる意義を忘れそうなあの平和な国で、俺は命を張ってここにいることを選んだ。
顔を半分なくした男がさらになにか言いかけたとき。
俺が日本語で何かを口走りかけたとき。
目の前に閃光が走った。
俺はとっさにカメラを抱き目の前の少年に覆い被さっていた。
*
「野戦病院で戦死したカメラマンの遺品は、これだよ」
ゴトン
無機質な音で置かれたカメラ。それと銀色のペンダント。鎖の先にプレートがぶらさがったシンプルなものだ。
「少年をかばったそうだ。彼がいうには、男はしばらくの間だけ生きていたそうなんだな。そのプレートの住所にフィルムを送ってくれと」
プレートには英語で住所が刻印されていた。己の身元を示すものであると同時にフィルムが帰り着く場所として。
「……あの、馬鹿野郎が」
通信社の男はカメラと銀色のそれを手にし、戦友の死に涙する。
「ミスタ、あんたらが必要なのはそのフィルムだけだろ? カメラだけくれんかね」
「……フィルムのない、こんなものを?」
訝る男の声に、現地の軍人は肩をすくめて両手を軽く上げた。
「売るんじゃない。かばわれた少年が欲しがっている。命の恩人の形見が欲しいのだと。付け加えるならね、その少年は足をなくしてる。将来はサッカー選手を目指していたのにね。……彼は、今度はカメラマンになりたいのだとさ」
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