十和田茅による30の戯言(13)  (02/12/13更新) [目次に戻る]

 13. 螺旋

 全ての生物は二重螺旋で出来ている。
 アデニン チミン グアニン シトシン。
 全ての生物はアミノ酸で生成されている。

   *

「おめでとうございます。元気な女の赤ちゃんですよ」
 十二月。クリスマスだ、忘年会だ、年末だとこれからせわしくなる寒い季節、妻は無事に子供を出産した。
 もう木枯らしが吹く、寒い日だった。
 新生児室で眠る子供を見せてもらう。
「あちらのお子様ですよ」
 足に大きく名前が書いてある。生まれたての赤ん坊は、聞いてはいたが赤い猿そっくりだった。どの赤ん坊を見てもよく似ていて区別がつかない。小説などでよくある取り替え子の話もあながち、ありえない話じゃないなと不謹慎ながら実感してしまった。
 自分の子供、といわれた、それ。
 妻に似たのか自分に似たのか、不細工な子供だった。どちらに似ても似通った顔立ちになるはずなのだが。
 子供というのは無条件に可愛いと感じるものだと思いこんでいたので、この客観的な事実にどう対応するかすこし戸惑う。妻はやはり、自分が腹を痛めて生んだ子供を「可愛い」というのだろうか。
 戸惑いを覚えながら、出産を終えた妻に会いに行った。
 彼女は開口一番、
「子供、見た? 可愛かったでしょ?」
 と聞いた。やっぱり彼女にはあれが可愛いと見えるらしい。男親と女親の差だろうか。僕は、まさか本当のことはいえずにしどろもどろと嘘を付く。
「うん……可愛かった。僕に似たのかな」
 しかし妻は、にこにこと笑って。
「まさか。だって、あなたの子供じゃないのに」

 僕らの方に背中を向けていた看護婦の動きが止まった。まぁ、無理からぬことだろうけど。その看護婦が慌ただしく部屋の外へと出ていくのを僕は黙ってみていた。

 妻は、やっぱり笑って楽しそうに語る。
「結婚してもう五年経つしね。いいかげん周囲がうるさかったし。一人生んでおけばこの先もう『子供は?』って聞かれることないでしょ?」
「……今の子が大きくなればそのうち『二人目は?』って聞かれるよ」
「うーん、世間の目は面倒ね。そうなったらまた作るわ」
 困った顔。けれど、彼女は子供が好きだからどこの誰の子供でも可愛がって育てるだろう。僕も子供は嫌いではないから、きっと可愛がることができる。
 子供は、実は僕の子ではない。
 精子バンクからもらってきた、どこかの誰かの胤。
 僕は呟いた。
「それにしても、結婚したときは子供のない夫婦でもなんとかやっていけると思ったのにね」
 断っておくが僕に子供を作る能力がないというわけではない。妻は、このときだけ周囲の目をはばかって声を低めた。
「仕方ないわ……だって、せっかく戸籍をごまかして結婚したのに……周囲に余計な詮索されてバレたくないもの。ね」
 もっともだ。僕は頷いた。
 そして僕らは夫婦らしくキスを交わす。
 ――僕らは実の姉弟だったりする。妻から産まれた子は僕の子ではないが、血の繋がった僕の姪っ子でもあるのだ。だからきっと愛せるさ。

 人種、国籍、あらゆるものを超越して、世界中の人間はある古代人から受け継いだ同じDNAを持つという。ちょっとばかり僕らのDNAが重なるからってそれが何だっていうんだ?
 世界中の人間は文字通り『兄弟』というのに。

   *

 全ての生物は二重螺旋で出来ている。
 アデニン チミン グアニン シトシン。
 デオキシリボ核酸(DNA)という名前の二重螺旋。
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