30. And that's all ...? (それでおしまい)
そして四英雄は、苦難の末に悪神を倒した。
かくて長い長い暗黒の時代は終わりを告げる。
世界に再び平和が訪れた。
めでたし めでたし
***
「……おしまい」
アイーダはそこで語るのをやめた。
彼女の目の前には村の子供達が目を輝かせて聞き入っている。村では娯楽が少ない。旅の吟遊詩人もあまり立ち寄らないので、大人達がこうやって知っている話を子供達に聞かせるのが娯楽らしい娯楽だった。
この日語った英雄譚は、この国では誰でも知っている有名な話。
語り終わった余韻が終わる頃、わっと子供達は大はしゃぎをする。そして伝説を作った英雄達のことを口々に語り始め、とある子供は物語中の名場面を演じ始めるほどだ。
もちろんこの後は質疑応答となる。
「それでー? そのあと戦士様はどうなったのー?」
「盗賊は? 魔法使いは?」
「女僧侶はどうなったの?」
伝えられている英雄譚に続きはない。ここから先は大抵語り部がでっちあげる。だから国中で色々な「後日談」がまことしやかに流れているのだ。真相は誰も知らない。
アイーダもまた苦笑した。
「戦士はお姫様と結婚したのよ」
と、語ってやると、わっとまた子供達がわく。
男の子たちは自分が戦士になったつもりで美しい姫を得たことに憧れを抱き、女の子たちは二人の間にロマンチックな想像を差し挟んで大喜びする。
アイーダの語る後日談はだいたい決まっていた。
戦士は姫と結婚し、盗賊はまた新しい旅に出る。魔法使いと女僧侶は結婚して、とある村に落ち着いたというものだ。
だが真相は誰も知らないので、子供達はめいめい自分だけの「続き」を考え始める。その様子を眺めているのが好きだった。
と、大きな声が丘の上から響いた。
「ガキども! いつまでも油売ってるんじゃない、とっとと働きな!」
「うわー、オニババだー!」
蜘蛛の子を散らしたように子供達はばらばらに走って逃げていく。
アイーダが見上げたその上には、丸太のような太い腕に家族十人分の洗濯物を抱え込んだ中年女が仁王立ちになっていた。
「母さん!」
そっくりな色の髪、そっくりな色の瞳。ただし髪の色は白髪の混じっている分だけ母の方が淡い色にみえる。
「あんたも吟遊詩人の真似事をして遊んでないで、これくらい手伝いな」
母は片腕に抱えた乾いた洗濯物を、駆け寄ったアイーダの手に押しつけた。かつては――美人とはいわぬまでも――今のアイーダとうり二つでなかなか愛嬌のある女性として人気だったらしい。その面影は今いずこ。今や誰が見てもたくましい主婦である。
のしのしと歩く彼女の後ろにアイーダは付いていく。
「……母さんは、私があの英雄譚を語るの、嫌いよね」
「まぁね。正確には後日談を偉そうに語るのが、ね」
扉を開けて室内に入る。
洗濯物のかごをおろして、てきぱきと畳みにかかった。
「めでたしめでたし、で終わってるんだからいいじゃないの。物語はそこで終わり。でも人の人生は続いてる。どこに『終点』を持ってくるかで悲劇にも喜劇にも大団円にも変わる。それでいいじゃないの」
それが母の持論だった。アイーダは苦い顔をしながら、母に倣って洗濯物を畳む。
国中の誰もが憧れる四英雄。きっとこうだったに違いないと色々想像して楽しむのは、英雄になれなかった自分たちに残された最後の権利だと思う。
アイーダはお愛想で微笑みを浮かべることもできなかった。
「本当のことを話したって誰も信じないわ。……母さんが四英雄のひとりだなんて、あの子たちはまず信じないわよ」
母はその言葉に動きを止める。
わずかな間があった後、彼女はアイーダを見てにやりと笑った。
*
伝説となった史実はほんの三十年ほど前の話。
世界を救った四英雄は目的を達した後、ちりぢりばらばらになった。
今でもはっきり覚えている。
結婚して村に落ち着くといった二人を後にして、あとの仲間達は手を振って旅立っていった。
(また、会える?)
とまどい気味に問いかけた言葉に、
(会えるさ。お前らが呼んだらすぐにでも)
強く、ときにもろく、決して善人ではなかった仲間達。結果的に世界を救うことになっただけの悪童の集まり。彼らは今頃どうしているだろうか。
かつて仲間の治癒に心血を注いだ女僧侶は、たくさん子供を産んで育てているうちにたくましい母になってしまった。もはや往事の面影はないといっていい。長男の嫁が子供を産んだら自分はもうすぐおばあちゃんだ。
いつの間にか大きくなった娘が、かつての自分たちの物語をおもしろおかしく近所の子供達に聞かせるようになった。それを聞いているうちに不思議な懐かしさを覚える。
あのときはみんな若かった。
生きることに精一杯。
よく喧嘩もした。
恋も生まれた。
失うものもあった。
二度と戻らない仲間もいた――。
「さぁさ、あんたも裏の畑に行って、お兄ちゃんたちとお父さんを呼んできておくれ。そろそろ食事にするからね」
まだ納得していない顔の娘を追いやると、それと入れ違いに末の息子が飛び込んできた。
「母ちゃん、お客様だよ!」
「おや? 山羊飼いのベンがチーズでも持ってきたかい?」
「違う違う。父ちゃんと母ちゃんの古いお友達だって」
それがどういう繋がりの来客かは火を見るより明らかで。
久しぶりの客に浮き足だって外に出た。
戦士か盗賊か、それとも珊瑚の指輪をはめた元・王女さまか。
「久しぶりね!」
そして古い古い昔なじみは、記憶にあるよりも随分と年取った顔を向けてアイシャの名を呼ぶだろう。
*
伝説は終わりを告げ、人々の記憶に永遠に焼き付く。
人の記憶に残らないところで、英雄はただの人として緩やかに生きる。
And that's all ...?(それでおしまい?)
...Maybe!(たぶんね!)
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