十和田茅による30の戯言(26)  (03/02/02更新) [目次に戻る]

 26. パンドラ

お前に名前を与えよう。
お前は誰よりも美しい女。
すべてを与えられし恵まれた女。
お前がきっと愛されるように。
パンドラ、と。

「パンドラ」という名前には魔法があった。
願うことは全て叶うように。
それこそが大神ゼウスに与えられた魔法。
しかし、ひとつだけパンドラには願っても叶わないものがあった。

「愛しているの」
愛の告白。パンドラには手に入らないものなどなにもないはずだった。
「すまない」
パンドラの告白は玉砕した。
初めての挫折。
初めての失敗。
それが恋に関することだったというのはつらすぎた。

どうして?
愛しているのに。

愛した人だけ、彼女には手に入らなかった。
他の全ては簡単に手にはいるのに。
全てを与えられし、美しい女。
初めて、手に入らなかったから
初めて、自分のものにならなかった人だから。
だからかもしれない。
パンドラはずっと彼を愛していた。
プロメテウス(先に考える男)を愛していた。

彼女は結局、彼の弟であるエピメテウス(後から考える男)という名の男の妻になる。

「結婚おめでとう、愛しいパンドラ」
ゼウスは、祝いにひとつの壺を持たせた。
壺にはしっかりとふたがしてある。
「だが、決して開けてはいけないよ」
愛しく、美しい、おろかなパンドラ。
ゼウスの言葉に美しい娘は頷いた。

プロメテウスは先に考える男。
「どうして、ゼウスの息のかかった女を妻にした。ゼウスは必ず私たちを陥れる。あの女はその布石となるに違いない」
エピメテウスは後から考える男。
「兄さん、怒らないで。パンドラは優しくてきれいだよ。ゼウスが彼女を利用しようなんて、そんな形跡はない。もしそうなったら……またそのとき考えるといいさ」

パンドラは、ただプロメテウスに振り向いて欲しかったのだ。
他の男の妻となっても、愛しているのはひとりだけだったから。
愛した男の心だけ手に入らなかったから。

それが最初からゼウスのもくろみ。
プロメテウスに振られることを分かっていて、ゼウスはパンドラをけしかけた。

恋する娘はみんな愚か。
甘言に乗って、愛する男を試そうとはしないで。
その壺のふたを開けないで。

   *

ねぇ、愛しているの。愛してる。
あなたが振り向いてくれなくても
私、あなたを愛しているの。

愛しているのよ、愛しいあなた……。

   *

「パンドラ」は後に、この世に災厄を振りまいた希代の悪女の代名詞となる。
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