十和田茅による30の戯言(15)  (02/12/15更新) [目次に戻る]

 15. シンドローム

シンドローム
【syndrome】(稀に“syndrom”とも)

  1a 【医】 症候群、シンドローム。b 病的現象。
  2 同時に発生する一連のもの[事件、 行動]。
  3 (一定の)行動様式。

 『研究社英和中辞典』より

   ***

 星暦1979年 「眠っちゃうだけ症候群」の最初の患者を確認。

 「眠っちゃうだけ症候群」の患者は、ただひたすら眠る。脳波は通常デルタ波を示し、時折アルファ波までに戻って寝言をいったり寝返りを打ったりする。心拍数は50前後、血圧は上が100もいかない。客観的にいって、本当にただ「眠っているだけ」。
 だが、彼らが違うのは決して目覚めないことだ。
 通常の眠りとは違い、栄養分の摂取も必要とはしない。音や光での刺激でも目覚めない。身体的にどれだけ負担を与えれば起きるのかという実験がこっそり行われたらしいが(そんな"非"人道的な実験を公にやるわけにはいかない)結果、「眠っちゃうだけ」患者は眠りについたまま死亡したと囁かれている。
 決して目覚めない永遠の眠り、というのはかつては死者のことであったが「眠っちゃうだけ」患者は文字通り眠るだけなのだ。原因は不明。それゆえに、この病を「症候群」としか呼べなくなっている。

 星暦1980年 「眠っちゃうだけ」患者、急激に増大。
 星暦1985年 「眠っちゃうだけ症候群」はL2コロニーにて数百人の罹患を確認。なお、いままで存在が確認されなかったL3コロニー、L4コロニーでも確認。
 星暦1986年 L1コロニー、L5コロニーでも「眠っちゃうだけ症候群」を確認。これによりすべてのコロニーにおいて「眠っちゃうだけ症候群」が蔓延していることが証明された。

 「眠っちゃうだけ」患者にこれといって共通点はない。だが、一人の患者が現れるとたいてい、一家揃って「眠っちゃうだけ」患者となる。遺伝性のものか環境によるものか調査はいぜん続くが芳しくはない。最初に患者が現れたL2コロニーでは増え続ける「眠っちゃうだけ」患者のために専門の医療施設を設立。

 星暦1999年7月 「眠っちゃうだけ」症候群の患者はいまや全コロニーの人口に対し1割までに及ぶことが政府より発表。これにより今までは各コロニーごとにまかされていた「眠っちゃうだけ」患者の対策を今後は中央政府の宇宙保健機構が管理することが決定。
 これにより「眠っちゃうだけ」症候群にかかったものは問答無用で隔離処理を取られることになった。
 この政府決定にNGOが反発。

「政府の発表には従えないよ!」
「マイク、何をいきりたっているんだい?」
 マイクは親友の止めるのもきかず、手には熱線銃を握っている。
「よせよ!」
「放してくれ! 『眠っちゃうだけ』患者が現れてもう二十年もたつのに、政府はなにもしてくれないんだ。知っているか? 奴らは、『眠っちゃうだけ』患者を宇宙に遺棄しているなんて噂さえあるんだ!」
「なんだって?」
「だいたい、おかしいだろ? 患者は眠っているだけなんだ。生きているんだよ。なのに全人口の1割近くの患者を小さな医療コロニーに送るなんて……すぐに収容人数を超えてしまうよ」
「落ち着けよ、マイク。君、どうしてそんなに熱くなっているのさ」
「……妹が……『眠っちゃうだけ』患者なんだ」
 沈黙が流れた。
「妹は……生まれてすぐに罹患したんだ。ほとんど眠ったままで成長してきた。僕ら家族にとって妹は生きているんだよ……」
 マイクは銃を握りしめて、そして青い目を上げた。
「妹をやつらに渡せるもんか。君も、分かってくれるだろ!?」
 しかしマイクは次の瞬間、永遠の沈黙をするはめになった。親友だと思っていた少年が隠し持っていた銃でマイクを撃ったのだ。
「……『眠っちゃうだけ』患者が蔓延したら人類の破滅なんだよ。分からないのかい、マイク……」

 星暦2001年 「眠っちゃうだけ」患者の罹患数はとうとう全人口の11.5パーセントを越えたと公式発表。
「このままでは人類は終わりだ!」がキャッチフレーズとなる。

 「眠っちゃうだけ」患者は死んだわけではないが、しかし患者が蔓延すると社会機能が停滞する。それでも情を断ちがたいのか患者隔離対策は思うようには進まなかった。
 政府は何とかして「眠っちゃうだけ」患者の隔離を進めようとついに強行策をすすめる。だが、官僚の中にも「眠っちゃうだけ」患者が次々現れ……。

「パパー! パパー!」
「大臣は『眠っちゃうだけ症候群』に罹患したとみなし、医療コロニーに隔離いたします。さぁ、お嬢さん。離れて下さい」
「いやよ。パパは国民のために今まで尽くしてきたのよ! コロニーにいったら殺されるってみんないってるわ。あそこから帰ってきた人はいないのでしょう!」
 娘の腕の中で、少し太った大臣は寝返りを打つ。
「う〜ん。……むにゃ……もう食べられないよ……むにゃむにゃ」
 眠っているだけに見える父を、娘は涙を浮かべて見下ろした。
「こんな状態のパパを連れていくの? パパはまだ生きているのに……」
「大臣は医療コロニーではなく、特別に地球で治療を受けていただきます」
「地球ですって! あんな、二酸化炭素ばかりになった死んだ星! ひどいわ、あなたたち!」
「『眠っちゃうだけ症候群』は遺伝の可能性があります。お嬢さんも突然発病するかもしれませんから毎月保健所に通って下さい。……あきらめてください。私の母も初期の『眠っちゃうだけ』患者でした。宇宙に遺棄されたと聞きます。私も……いずれ発病するかもしれません」
「……!!」

 星暦2050年 ついに「眠っちゃうだけ症候群」の患者は人口の半分に達した。

 星暦2057年 地球にて、プラント型宇宙人が発芽。地球人に寄生していたプラント型宇宙人は地球人の体内で休眠。ちょうど種のような状態でしばらく宿主とともに暮らしていたわけだ。地球時間百年ほどで発芽するはずが、二酸化炭素ばかりの地球の環境がよほど最適だったか、発芽が促進されたと見られる。「眠っちゃうだけ症候群」とはプラント型宇宙人に寄生された病気であった。
 宇宙に遺棄されたプラント型宇宙人寄生人類は、またどこかの星で発芽するという。彼らはそうやって宇宙を渡って広がっていくのだと。

 これにより地球は再び酸素と窒素の混合物が生成。地球が生き返る第一歩となる。

 星暦2079年。
「私のパパはプラントでママは地球人なの」
「あら、あなたそうだったの。私は純粋なプラントなのよ」
「いいなー。僕はパパもママも、純粋な地球人だよ」
「えー? すごい貴重! 純粋な地球人って数が少ないんでしょう?」

 いまも「眠っちゃうだけ症候群」は人口の半分を占める。ただしその人口というのが地球人とプラント型宇宙人の混成民族だということが昔と違うところだ。今年、プラント歓迎百周年記念式典が行われる。
 人類がプラントに駆逐される日は近い。
                                      UP↑


 [前へ] [次へ>>]
 [最初のページに戻る]
 [トップに戻る]
 モノカキさんに30のお題( 04.07.10 リンク切れ)----http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Tachibana/8907/mono/index.htm