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翡翠抄−ひすいしょう−

第五章第三節第四項(103)

 4.

 ヒスイは、掛け布団がわりの布をすっぽりと頭からかぶって壁際に貼り付いていた。
 目の前では男と女――に見えるがその実体は男と男――が、ヒスイを無視して会話を進めている。ヒスイが目覚めてからの事情を聞いた自称女装好きの垂れ目の男は、それはそれは深いため息をついた。
「あんたって、どうしてそう女の敵のような言動しかしないの?」
 しゃらりと手首の飾りを振って檸檬色の髪をかきあげた。真紅の瞳の男はそれを苦々しく見ている。このときには彼はもう全裸ではなく、腰に布を巻いていた。
「テメエにいわれたかねーよ、この変態」
「あら、アタシが最初に会話してたら、こんなことにはならなかったわよ」
 ヒスイは口を挟むこともせずじっと彼らの会話に耳を傾けていた。悪意はなく、本当にただ助けてくれただけらしい。初対面が悪かったせいかヒスイにはまだ彼らがどういう人間なのか見極めができなかった。
 室内にはばらばらになった本の山と何やら不思議な道具の数々。帰宅したレイガが一番嘆いたのがこの本の現状で、壊れていないか冊数に不足はないか血相を変えて調べていた。文字は、一般人にはあまり普及していない。少なくとも読み書きが出来る程度にレイガは知識のある人間だと分かる。
 比べて、コゥイはそういうことには一切興味がなさそうだった。骨太の骨格は人種的なものだとしても、盛り上がった筋肉をまとった体はヒスイのように訓練で作ったものではなく実戦で鍛え上げられたものに見える。頭より先に体が動くタイプか。体中に目立たない傷がたくさんあった。一番よく目立つのはやはり、そこだけ肉をごっそりと持って行かれたような短い左腕だ。生まれつきなのだろうか。それとも何か病気か事故で切り落としたのか。そういえば四肢を切断した場合、残った箇所の筋肉を鍛えることが困難で年々やせ細っていくのだと聞いたことがある。
 あまりに不躾な視線で見ていたのか、コゥイと話していたレイガがくるりとヒスイのほうを向いた。それまで自分など眼中にないと思っていたものだから反射的に身を固くする。
「女の子がいつまでもそんな格好でいるもんじゃないわ。アタシの着替えでよければ貸したげる」
 それはヒスイにとってありがたい申し出だった。
 男の一人暮らしに通常、女物の服はない。が、どこからどう見ても女性の姿をした彼は奥に行くと色鮮やかな布の洪水を連れていそいそと戻ってきた。
「ね、どれがいいかしら? 肩や二の腕が出るとどうしても野郎だって丸わかりだから、アタシ、今まで持っていてもこういう服は着たことなかったのよねーッ」
 広げられたのは、どう考えてもヒスイの好みとはかけ離れたものばかり。めまいを覚えた。
 白地に鮮やかな真紅の花が咲いている布、あるいはオレンジの地色に葡萄茶(えびちゃ)色で民族的な模様を描いた布、あるいは生成(きなり)の布に複数の染料を用いて南の木々や花の数々を染め抜いた、凝ったもの。どれも服というよりは一枚布だった。首と肩をむき出しにして胸の上で結ぶ形式の服らしい。まさに南の島の民族衣装だ。後ろからコゥイがそっと同情の視線を投げかけてきたが、自分に火の粉が降りかかってくるのを彼も恐れているのか何もいわなかった。
 どうせ出して貰うなら男物がいいと思うのだが、文句をいうほうが間違っている。こちらは借りなければならない立場なのだ。一番地味そうな深緑に白で模様を抜いた布を握って、ふとコゥイの方に目をやった。
「……もしかして、ここでの男物はあれしかないのか?」
 コゥイの格好は今、腰巻き一枚である。
「アホウ、ちゃんと上下に着るものもあるわッ。いくらなんでもこの格好で大陸の港をうろつけるか!」
「……大陸?」
 ヒスイの言葉に、レイガがにっこりと赤い唇で笑みを作る。
「そうねぇ。普通の人間は自分の暮らす村とその周辺、せいぜい村を治める貴族が持ってる領地、あるいはそれを全部ひっくるめた国までが知っている土地の全てですものね」
 と、ひとり納得していた。ヒスイは昔、アイシャやセイと西側の森の国を南下した旅を続けていたために、それよりはもう少し知っている範囲は広かったが何もいわなかった。旅暮らしをする人間は「普通」ではないのだ。いらぬ詮索は避けたい。
 ヒスイがなにも知らないことを前提にして、おおまかにレイガが説明をくれる。
「航海術が発達して、人は自分たちが大きな大陸に住んでいることを知ったの。もちろん大陸全土の地理が判明したわけじゃないけれどね。そして船はどんどん海の向こうを知った。その果てが、ここよ」
 遠い南の海に浮かぶ群島、そこに暮らす褐色の肌の人々。それまで知らなかった文化の数々。この島はその群島のうちのひとつなのだとレイガは続けた。
「同じ大陸でも沿岸部じゃわりと交流もあったみたいだし、コゥイなんかはもしかするとあっちの血が混じってるのかもね」
 そういうレイガ本人は内陸部の出身らしい。本人がいわなくてもその言動の端々に十分うかがえた。ヒスイは頭の中でアイシャたちを思い出す。知り合いの中ではセイやトーラが一番、レイガの住む地域の出身に近いだろう。アイシャの髪や瞳の色は随分と淡く、それに肌も屋外の仕事が多かったにもかかわらず色白だった。典型的な北方系の特徴である。イスカは背が低く痩躯で、東の民族の特徴を映したと見られる。ヒスイ自身は名とその容姿から東の出身と見られがちだ。そういえば父親譲りの翠の瞳はどこから来たものやら。
 浮かんだのは誰よりも美しかった父の顔。霧の谷の陥落。ヒスイの体内時計ではほんの数日前のことのはずなのに、もう随分前の出来事のようだ。
 ヒスイはためらいがちに口を開いた。
「……あの、霧の谷が滅亡してから……今はどれくらい年月が経っているか分かるだろうか」
 コゥイとレイガがそろってヒスイを見た。その表情は二人して「何のことをいっているんだろう?」と書いてあったのでヒスイは内心、大きく落胆する。もしかしたら今はもう「霧の谷」という呼び方はしないのかもしれない。
 夢の中でトーラは、うんと未来にヒスイの体があるといった。
 一人だけひどく遠いところに来てしまった気がする。ここには誰もいない。誰がどこにいるかも分からない。
「霧の谷、ねぇ?」
 ヒスイが足下の定まっていない感覚を覚えていたそのとき、レイガが口を開いた。
「たしか昔、大陸の東のほうにそんな名前の国があったわよね。鎖国状態の、精霊を保護していることで有名なかなり特殊なところだったと思うけれど」
 レイガが口にしたのは紛れもなくヒスイの知っている霧の谷だった。コゥイはというと、そんなもんがあったのかというような顔をしてレイガのほうを見る。
「そう、それだ」
 藁にもすがる勢いでヒスイは身を乗り出したが、返ってきた答えはヒスイの欲しいそれではなかった。
「さあね? どこかの王立図書館ででも調べれば出てくるのかもしれないけれど、ここでは無理だわね。うちに大陸東部の歴史書は置いてないもの。少なくとも今はそんな名の国はないわ」
 望む答えは得られなかったものの、最後の一言だけで十分すぎるぐらいだった。やはり霧の谷はなくなったのだ。あの湿り気を含んだ森の匂いのする国はもう、霧の谷という名では呼ばれない。仮に国が残っていたとしてもそこにいたはずの懐かしい顔ぶれはもう永遠に取り戻せないのだ。
「そうか……」
 それっきりヒスイは言葉をなくした。

   *

 夜。昼間の暑さとはうってかわって涼しい風が部屋の中を通る。
 居間がわりの一番大きな部屋にある寝台――コゥイが昼間、盛大に蹴飛ばしたものだ――をヒスイに譲って、コゥイは奥の部屋で飲んでいた。レイガがそっと隣の部屋を覗いてヒスイの様子を見る。
「眠ったみたいよ」
 と、振り返った。女装したときの「彼」は基本的に女口調である。たまにコゥイに嫌がらせをする目的で、女の顔のとき男の声を出したり男の顔のとき女口調でしゃべったりするのだが。
「……お前、いいかげんその化粧、落とせ」
「あら、すっぴんの顔でドレス着てていいの?」
 ふふんと、明らかに嫌がらせ目的の笑顔を浮かべる。コゥイは渋面を返すしかなかった。女装したレイガは首と二の腕が隠れる服を愛用している。元々背があまり高くなく顔や体の作りもほっそりしているので、骨格がわかる格好でなければ男だと一目で分かることはない。
 コゥイがぶつぶつと文句をいっている間、レイガはそこらに置いてあった壺の中から透明の石を取り出した。狭い部屋の四隅にそれぞれ石ころを置いていく。透明のそれはすべて正四面体に磨かれていた。
「それじゃ、おやすみなさい。戸締まりは勝手にやってね」
 そういってレイガは目の前に座った。台詞と矛盾する行動である。
 コゥイは目の前の「彼」を視界に入れながら、意識は外から聞こえる潮騒に集中させていた。レイガが人差し指を交差させる。軽く目を閉じた。

 琴の弦を弾いたような、高く澄んだ音をコゥイは聞いた気がした。

「はい、防音結界いっちょあがり」
「こういうときだけ便利だよな、お前の魔法」
 手酌で杯に酒を注ぎながらコゥイは感心した声をあげる。先ほどまで聞こえていた潮騒は今、まったく聞こえなくなっていた。
 ヒスイと名乗ったあの女がそうおとなしく眠るわけがないと二人とも考えていた。眠ったふりをして、きっとこちらの部屋の会話に耳を澄ませている。それでは困るのだ。
 彼女に聞かせたくない話をするためレイガは防音結界を張った。気づかれないように呪文も唱えなかった。呪文を使わず魔法を実行するのがどれほど大変か、その高度さなどコゥイには分からない。ただ、レイガならそれができるとコゥイは知っていた。
「いちいち石ころなんか置かなくてもよかったんじゃないのか?」
「そうね、できないこともないけどねェ。この四隅の水晶で結界の範囲を限定してるわけ。これがないと範囲限定の魔法も同時に引き出さないといけなくなるから、更に難しくなるのよね」
「……わからん」
「実行できないわけではないの。けど持続時間がとても短くなっちゃう。緊急時ならやるけど今はそれほど切羽詰まってるわけでもないでしょ?」
 レイガは笑って、コゥイの手から酒瓶をひったくった。同じく手酌で自分の杯に酒を注ぐ。そして続けてコゥイの杯にも注ぎ足す。
「あいつ、しばらくここに置いておくのか?」
 にらみつけてくる翠の瞳を思い出しながら、コゥイが切り出した。レイガも酒に口を付けながら答える。
「あの子のねんざと手首の内出血は治るまでしばらくかかりそうよ。あんたのせいでね」
 ヒスイの無理をした足のねんざは腫れ上がっている。細い手首には青黒いあざができていた。ねんざの炎症を抑える薬は運悪くここにはない。冷やすしかないのだが、この暖かい島で氷の入手は不可能に近かった。戦う人間が利き腕と足を負傷したのだ。まさかそのまま放り出すわけにはいくまい。
「怪我させたのはあんただしィ。責任はあるわよね。手加減できなかったの?」
「馬鹿いえ。あれでも骨折させないようギリギリの力加減でやったんだ。あの女の剣を無傷でよけた俺をほめろ」
 いかに屈強の戦士でも、自らが丸腰のままで刃を持った素人の相手は恐ろしい。刃がかすった場所によっては自分が死ぬ。逃げ回るしかないのだ。まして今回、刃を握ったのは素人ではなかった。
 今回はたまたまコゥイの体調が万全であり、ヒスイが病み上がりで、おまけにねんざをしたこともあって余裕が生まれた。その分、相手の気性はかなり荒くなっていたが。
 手首を捕まえたときの、あの女の瞳に浮かんだ翡翠色の炎が印象的だ。
「あんたこそ何を考えているの。気に入ったとかいってキスしちゃってさ」
 レイガがさらに酒を注いでくる。ほんの少し声に棘があるのは気のせいか。
「あんなもん、挨拶みたいなもんだろ」
「……。ええ、そうでしょうよ。この辺りの習慣ならね。でも大陸の習慣じゃ結婚前の女は貞操を守ってお嫁入りするのが普通なの。素人の娘に手出しするなっていったでしょう。嫁にいけなくなるんだから」
 つまみの炒り豆が恐ろしい早さで減っていく。なにか怒っているらしいがコゥイにはさっぱりわからなかった。
「お前、なんか怒ってんのか?」
「アタシというものがありながら、そのアタシの目の前で他の女にキスするあんたの無神経さが信じらんない!」
 一斉に鳥肌が立った。
「そーいうことを平然というな!」
 この手の冗談だけは――どこまで冗談か知らないが――受け付けない。寒気も覚えながら椅子を引いた。レイガとの会話はたいてい終始この調子である。気分を変えるためにコゥイは透明の酒をなみなみと注いで一気にあおった。
 潮騒の聞こえない外に耳を澄ます。寝たふりをしていた彼女は、何も聞こえない隣の部屋に耳をそばだてて不審がっているのだろうか。独り言のようにぽつりと言葉がこぼれた。
「だけどあいつ、男いるぜ」
 レイガの手から豆が滑り落ちた。
 ぽっかりと開けた口が普段以上に間抜けさを醸し出す。
「そ、そういう風には見えなかったけど……」
「間違いない。絶対いる。まったく免疫のない女にキスした感じじゃなかった」
 口づけたときにはっきりした。恥じらいもとまどいも綺麗さっぱりなく、ただただ純粋に怒りだけ。初めての女が頬を染める初々しさなど欠片もなかった。あれは慣れている。そのくせ外敵に対する警戒心だけは人並み以上だ。触られることを異常に厭い、近づかれることさえ全身で拒む。あの男性不信には何かあるとしか思えない。
「変な男に引っかかった覚えでもあるんじゃねぇの。殴られたとかさ? だとしたらあの男性不信も納得いくんだがな」
 初対面で、叫ぶより先に殴りかかってきた。
 非常時に叫ぶのは、誰かに助けを求めるための無意識の行動だ。動物が発する警戒音と同じものだ。あの女はそれをしなかった。誰にも助けを求められない女なのかもしれない。もしくは誰も助けてくれないと諦めることがあったのかもしれない。自分の力でなんとかするしかないと腹をくくっているのなら。
 そうするしかない状況に彼女を追いやった男が勘にさわる。
 あの警戒心のかたまりのような女が、笑ったらどんなに綺麗だろう。

 ヒスイがキスにさほど抵抗を見せなかったのは、青い目をしたどこかの誰かさんが殴られることにもめげずちょっかいをかけ続けた苦労の賜(たまもの)であり。
 しかも男性不信……正確には人間不信の原因は、どこかの誰かさんとは全く別であることをこの時点でコゥイが知るはずもない。

「アタシは別の意味で気になるけどね、あの子」
 ぽりぽり音を立てながら炒り豆が減っていく。コゥイの手から酒瓶をまたひったくっていき自分の杯に注いだ。そのレイガの目を見ながら面白そうにコゥイが笑う。
「女本人に? それとも、その背景?」
「コゥイって馬鹿じゃないわよね。そうよ、背景のほう。彼女、ちょっと気になることをいってたでしょ」
 ――霧の谷が滅亡してから今は何年経っているか。
 その質問の答えをコゥイは始めから持っていない。レイガは「調べないとわからない」といった。レイガならすぐ答えられたはずだとコゥイは疑いもしなかった。
「……実際はどうなんだ」
「ん。五十年ってところかしら」
 酒に口を付けながらレイガは何でもないことのようにいった。コゥイのにらんだ通り、やはり即座に答えられたのだ。
「よっぽどのおばあちゃんでないかぎり、普通に生きてる人間が五十年前の話なんか聞きたがることないわよね。まるで五十年前から急に目が覚めたよう」
 人間であれば。では人間ではないということだろうか。
 コゥイの疑問は口に出されることはなかったが、レイガはその顔色を読んで首を振った。
「分からないけれど、少なくともあの子、妖魔ではないと思うわ。アタシ、趣味でこの島全体に妖魔よけの結界を張ってあるからその辺はだいじょーぶ」
「……張るな、そんなもん」
「あら。趣味は研究って、あの子にもちゃんと自己紹介しておいたじゃないの」
 しかしもうひとつの趣味である女装の印象が強すぎて忘れ去られている可能性は高い。
 くすくすとレイガは笑って、また炒り豆に手を伸ばす。さっきからつまみを食べているのはレイガだけでコゥイは飲む一方だ。
「別に、他の年代ならアタシだってどーでもいいのよね、正直な話。五十年前の霧の谷ってのが引っかかってるの」
 指についた豆の油分をぬぐいながらレイガは独り言のように続けた。
「あんたにいっても分からないと思うけれど……」
「じゃ、いうな」
「ああん。ごめんなさい、ちゃんと聞いて。……最近ね、『予言の星』が空に出てきてるの」
 色違いの両目でレイガはコゥイを見る。
 真面目な目だった。言動と妙な趣味によって巧妙に隠されているが、レイガはたまにこういう真面目な顔になる。予言の星のことはコゥイも聞いたことがあった。滅びを司る凶星だと。女装したレイガに向かうときの生理的な気持ち悪さはひとまず抑えて、彼の話に耳を傾けた。
「知ってる? 霧の谷は五十年前、原因不明の火災によって一晩で滅亡しているの。当時の占い師たちはみな一様に『予言の星』が原因だと告げたわ。その星はね、霧の谷滅亡の数年前に空に出現したの。計り知れないほど強い力があるとはいわれていた。一説によると、ある特定の人物を指しているともね」
 口紅を塗った朱色の唇が淡々と語る。それが、どうヒスイに絡んでくるのか分からなかった。分からなかったが自然と前のめりになって話を聞いていた。
「その星は霧の谷滅亡後、消えた。……ところが。最近、また現れたの。五十年前の霧の谷と最近を繋ぐものとしてアタシが連想したのはその『予言の星』。霧の谷の一件以来、あの星は『滅びの星』と認識されているわ。下手したらこの『世界』そのものを滅ぼしかねない危険なものとしてね」
「……」
「予言の星が現れたのが、あんたが彼女を拾ってきたその夜だっていったら?」
 朱色の唇は形だけ微笑んでいた。色違いの両目は笑っていない。
 男の姿ならもっと表情がなくなって淡々とした語り口でいうのだろう。コゥイは自然と喉を鳴らしていた。
「偶然、と、いうことは……?」
「それこそ、その可能性のほうが高いわよぉ? けど、ちょっと気になってんのよね。近いうち戦が起こりそうだから」
 レイガの付け足した言葉にコゥイは苦笑する。
 そうなのだ。戦が近い国はどこも傭兵をかき集めている。この平和そうな島にも大陸からの侵略がいつ来るか。そこに現れた予言の星。別名、滅びの星。
「破滅への序曲ってか? たしかに、星をモノにしたい国は多そうだな」
「ええ。自国が勝ち残るため、人の手に余る『殺戮道具』を手に入れたがっている馬鹿がごろごろしてんの」
 皮肉げな笑みがコゥイの顔に浮かんだ。レイガはあくまでも上っ面だけの笑みである。
「……案外、国同士のやりとりどころか、この『世界』が滅亡する前兆だったりしてな」
 コゥイの台詞にレイガは笑わなかった。
 茶化しもしなかった。
 同じことを彼は本気で思っているのかもしれない。コゥイは酒瓶を手に取った。逆さまにふっても、しずく程度しかこぼれてこない。
「ちッ、酒も切れやがった」
「おかわり、もうないわよ」
「買い置きぐらいしてやがれ!」
「アタシは芋焼酎よりワインが好みなのッ」
「そのわりにはさっきから、かぱかぱ開けてやがったじゃねーか!」

 夜は更けていった。空には輝く予言の星。私はここにいる、と告げるように。

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翡翠抄 −ひすいしょう−
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