劇中劇「Snow White」
 
舞台裏

 ホウ「どうしてお姫様ものというといつも私が女装させられるんです!?」
 サラ「いいじゃないか、似合うんだから。私なんか今回出番なしだ」
 ホウ「え……じゃあいったい誰が王子役を?(汗)」
 サイハ「あら。白雪姫ときたら、主役はむしろ継母のほうでしょう?」
 青い髪の妖魔「うわぁ、いいのかなぁ、第三回人気投票最下位の人が主役張って……げふッ(刺されたらしい)」

第一幕

 ある雪の日でした。王妃様が窓辺で縫い物をしていると、ちくりと縫い針がその指を傷つけました。赤い血がぽたりとこぼれるのをみて王妃はいいました。
「雪のように白く、血のように赤く、窓枠の黒檀のように黒い髪をした子がほしいわ」
 それからまもなく生まれた赤ん坊は、雪のように白い肌、血のように赤い頬、黒檀のように黒い髪をもった、それはそれは美しい姫君でした。
 あまりの美しさに、この子は白雪姫と呼ばれるようになりました。
 王妃様は白雪姫を生むとまもなく亡くなってしまいました。……と、そんな王道のナレーションよりこの劇は始まります。

 さてさて。王様は新しいお妃様を迎えましたが、この人は輝くばかりの美しさを持った魔女でした。

 サイハ「鏡よ、鏡。世界で一番美しいのはだれ?」
 トーラ「というか、よくそういう鼻高々な問いかけを臆面もなくいえますよね〜」
 サイハ「台詞が違うでしょ、可愛い可愛い鏡ちゃぁん?」
 トーラ「(本当にサイハ様がこういう性格だったらどうしよう)申し訳ありませんでした。ごめんなさい。笑顔が怖いです。ええと、『この世で一番美しいのはお妃様です』(棒読み)」

 お妃様はそれを聞くとたいそう満足されるのでした。

 さて、白雪姫はすくすくとご成長あそばされ、七つの頃にはこれまた輝くばかりの美しさとなられました。
 ある日いつものようにお妃様がいつもの問いかけを鏡になさいますと。
 トーラ「えーと、お妃様も美人ですけどぉ。最近は白雪姫の美貌のほうが艶を増してきたなぁ、なーんて♪」
 と、魔法の鏡が馬鹿正直に答えてしまったために、お妃はひどく気分を害しました。

 サイハ「……。キドラ」
 ぱきっと指を鳴らします。狩人姿をした白い髪の男がどこからともなく現れました。
 キドラ「お呼びでしょうか、我が主」
 サイハ「森に誘い込んでホウ……じゃない、白雪姫を殺しておしまい」
 キドラ「わかりました」
 サイハ「ちゃんと殺した証拠として、肺と肝を切り取ってくるのよ」

 恐ろしい命令を下してお妃はにっこり微笑みました。このとき鏡はお妃の背後から闇が生まれていくのを見た気がしましたが、自分の命に関わるので黙っていました。

第二幕

 さて、第一幕はだいたい主役の台詞がないと決まっているのですが。
 やっと登場、我らが主役。幼いながら、誰よりも美しい美貌をもった白雪姫は森をお散歩しておりました。
 優しそうな白い髪の狩人が誘ってくれたのです。

 ホウ「綺麗な花が咲いていますね。それに小鳥もたくさん。なんて清々しい朝なのでしょう」
 キドラ「お気に召して幸いです、姫君」
 狩人はにっこりと裏のある笑顔を振りまきます。あんた、こんなところまで本編と一緒ですか。
 後ろ手には鋭い小刀。ですが狩人は姫のあまりの愛らしさ、美しさにほんの少し躊躇してしまいました。
 キドラ「姫……。ウサギ狩りをいたしませんか?」
 にやり。
 もしもし、狩人さん。そのウサギとは誰のことでしょーか。
 ホウ「ウサギ狩りですか? ウサギが可哀想なのではありません?」
 キドラ「大丈夫、痛いのはほんの一瞬です。あとは素晴らしくよい気持ちで天国に行ってしまいますからね」
 もしもし、何の話ですか。
 わかっていない白雪姫に狩人がにじりよります。あやうし白雪姫。警戒心なさすぎです。つーか、この狩人は幼女趣味ですか。

 と、そこで第三者の闖入がありました。
 青い鹿が突然あらわれて白雪姫をさらっていったのです。

 青い髪の妖魔「なにぼさっとしてるかな、このクソガキは!」
 ホウ「え? あの……?」

 青い鹿は素晴らしい足で白雪姫を狩人から遠ざけていきます。狩人はそのとき、主の命令を遂行していないことに気づいてはっとしました。
 このままでは主に叱られるだけではすみません。鉄砲を担ぐと青い鹿を追いかけました。白雪姫の肺と肝をとってくるまで狩人はお妃のところに帰れないのです。

 少し離れたところで青い鹿は白雪姫を放り出しました。

 ホウ「あ、あの、どうやらあぶないところを助けていただいたみたいで、ありがとうございました」
 青い髪の妖魔「『どうやら〜』とか『〜みたい』とか、あんた、まだ分かってないだろ。ま、いいけど。いっとくけどあんた助けたくて助けたわけじゃないから。あの高慢ちきなお妃にちょっと一泡ふかせたくてやってるだけだから勘違いしないように」
 ホウ「はあ……」
 青い髪の妖魔「どうしてもお礼をいいたいってんなら、とっとと王子様見つけて子作りしてくれると嬉しいんだけどね」<待て。
 ホウ「はい? すいません、私はまだ七歳なんですが……ちゃんとそうやって台本にも書いてありますが」
 青い鹿は(人の話は聞かず一方的に)森の奥に逃げるようにいうと、来たときと同じく、また飛び跳ねて見えなくなってしまいました。

 さて、狩人は青い鹿を追いかけて鉄砲の弾を乱発していました。鹿はひらりひらりと逃げていきます。

 キドラ「やったか!?」

 やっと手応えを感じたと思ったら、それは青い鹿ではなく猪でした。狩人はしかたなくその猪の肺と肝を切り取って帰りました。どうせ白雪姫は森の獣に食べられて遅かれ早かれ死んでしまうだろうと思ったのです。

 お城ではお妃が待っていました。
 サイハ「ちゃんとやったんでしょうね?」
 この国一番の美女と名高いお妃の微笑みは、このときばかりは薄ら寒いものに思われました。狩人は冷や汗をかきながら黙って頭を下げます。
 キドラ「ここに証拠のお品を」
 サイハ「よろしい。ではキドラ、これをレバ刺しにして頂戴」
 キドラ「は、レバ刺しですか。それは、その、レバ刺しにするには、少々鮮度が落ちておりますれば……」
 サイハ「あら、そぉ?」
 キドラ「塩ゆでにいたしましょう」
 真実を知る鏡はその様子を黙って見ていましたが、こっそりとため息を吐きました。

 さて、そのころ白雪姫は。
 森の更に奥に迷い込んでおりました。

 その奥に小さな一軒家を見つけ、くたくたにくたびれていた白雪姫は無礼を承知していながらそっと中に入りました。
 そしてそこに並んだ小さな寝台のひとつに倒れ込むと、歩き回った疲れが大波のように押し寄せてきましたのでつい眠りこけてしまったのです。
 そこは森に住む小人たちのおうちでした。

 アイシャ「あら、うちに誰かいるわ。ちょっと、戸締まり忘れたでしょ」
 セイ「そこで何でオレを見るかなぁ?」
 イスカ「そういう粗忽者はあなたくらいしかいないからだと……痛っ。ちょっと、殴ることないでしょう!」

 小人たちは三人。目覚めた白雪姫は事のあらましを包み隠さず小人たちに話して助力を求めました。

 イスカ「お可哀想に、白雪姫。どうぞこのあばらやでよければいくらでも滞在なさってください。何も不自由はさせません」
 セイ「オレは別にどっちでもいいけどぉ。昼間は炭坑にいるしさ」
 アイシャ「そうね。今後セイがまた鍵をかけ忘れても大丈夫なように留守番は欲しかったところなのよね。あなたが家中ぴかぴかに掃除して洗い物すませて食事を作ってお洗濯して、そういうこと一切合切するならここにいてもいいわ」
 イスカ「あのう、……この人は家事にかけては完璧主義ですから、手抜きしないほうが御身のためですよ(汗)」
 うんうん、と青い目をした小人も神妙な顔で頷いていました。

 こうして白雪姫は小人たちと一緒に暮らすことになりました。

第三幕

 さて、白雪姫の肺と肝を食べたと思いこんでいるお妃は、上機嫌でいつものように、いつもの鏡に、いつもの問いかけをなさいました。

 サイハ「可愛い可愛い鏡ちゃん。世界で一番美しいのは誰?」
 トーラ「そりゃあもちろんお妃様」

 と、このときはご機嫌だったお妃ですが

 トーラ「でも、森の奥で働きながら暮らしてる白雪姫はもっときれい。労働するお姫様って格好いいわよねー」

 無邪気に放たれた一言によって、お妃の光り輝く微笑みは魔女のそれへと変貌してしまわれました。

 サイハ「……。青鹿」
 ぱきっと指を鳴らしますと、どこからともなく青い鹿があらわれました。どっかで見た青い鹿です。もちろん原作にはこんな奴、登場しません。
 青い髪の妖魔「はぁい。呼びました、麗しきお妃様?」
 サイハ「キドラに折檻を。しくじりの罪は重いと伝言してちょうだい」
 赤い唇から、ねっとりと絡みつくような声が紡がれました。お妃は相当怒っています。
 サイハ「それから、『よくも私を騙してくれたわねぇぇぇえ?』とね♪」
 青い髪の妖魔「了解♪」
 妙にうきうきとした声で青い鹿は消えました。

 さて。お妃は青い鹿が消えると急いで特殊メイクをしはじめました。美しいお妃がちょっとメイクをほどこし、ぼろ布をまとうとそこには一人の老婆の姿ができあがりました。あの美しいお妃の面影は欠片もありません。
 そしてできるだけ粗末なかごの中に自分のコレクションのリボンを山ほど詰め込むと七つの山をこえて小人の家にやってきました。

 サイハ「きれいな紐はいりませんか」

 白雪姫は窓からそれをちらと覗きます。

 ホウ「何を売っていらっしゃるのですか」
 サイハ「上等のもの、きれいなものですよ。ほら、色とりどりの紐ですわ」

 老婆に化けたお妃が出したのは絞殺に最適そうな、しなやかで丈夫な絹の紐でした。もちろんその用途は明確です。ちったあ気づかんかい、白雪姫。

 ホウ「まぁ、ではお入りになってくださいな」

 悪徳訪問販売を断るコツは決して家の中には入れないことです。

 ホウ「お金はいかほどに」
 サイハ「ええ、ええ。その前に、可愛らしいお嬢さん。紐を結んで差し上げましょうね」

 子供向けのグリム童話は紐売り、櫛売りを省略することが多いですね。
 物売りの老婆はいきなり紐をきつく締めましたので、白雪姫は息ができなくなって倒れてしまいました。

 サイハ「けけけ、これで一番美しいのはアタシさ」

 芸が細かいですな、お妃。
 物売りの老婆が立ち去っていった後、小人たちが帰宅しました。

 アイシャ「って、死んでるしィィッ!」
 セイ「あーあ。こりゃお妃の仕業だよ。ほら、紐で絞められてる」
 イスカ「……いえ、大丈夫かもしれませんよ」
 アイシャ「はい!? どーみても死んでるわよ!?」
 イスカ「白雪姫の家系は代々魔法使いの血統なんです。今のお妃も魔女でしょう? 鳳凰は不死の象徴ですし、その生き物から一文字いただいた姫は生き返るくらいやってのけるかもしれません」
 セイ「こら、待て。微妙に本編の設定と童話の設定を混ぜるんじゃない」

 試しに小人がきつく締められた紐を切ってみますと、白雪姫の頬には赤みが差し、生き返りました。

 イスカ「駄目ですよ、白雪姫。これからは知らない人をおうちに入れてはいけません」
 ホウ「? けれど、お城では始終知らない人が出入りしていましたけれど?」
 セイ「生活環境の違いって影響するんだよなぁ……」

 白雪姫は「知らない人をおうちに入れてはいけない」のスキルを習得しました。レベルがひとつあがりました。

 さてさて。
 お妃様は特殊メイクをとくと、いつものように鏡に向かって囁きました。

 サイハ「さて。これで私が一番の美人でしょ。鏡よ、鏡。世界で一番美しいのは誰かしら?」
 トーラ「はい? 今朝もいったと思うけれど、白雪姫かしら」
 サイハ「死んだでしょう、あの小娘は」
 トーラ「生き返ったみたいよ」

 ぴしっとお妃の笑顔が凍りました。

 サイハ「ほほほ、やっぱり絞殺では甘かったようね……」

 お妃様はやっぱり自分の得意分野で抹殺することにしました。毒です。
 とろりとした透明な毒を煮込み、そこに自分のコレクションの中で一番いい細工を施した櫛を放り込みました。櫛の歯に丹念に毒を染み込ませ、お妃はうっとりと笑いました。

 トーラ「……どーでもいいけど、この人ってば暗躍してるときが一番美しいってどういうことかしらん?」

 知りません(笑)
 そのお妃は再び特殊メイクで醜い物売りの老婆に変装しました。あの美しいお妃の面影は欠片もありません。
 そしてできるだけ粗末なかごの中に自分のコレクションの櫛を山ほど詰め込むと七つの山をこえて小人の家にやってきました。

 サイハ「きれいな櫛はいりませんか」

 白雪姫は窓からそれをちらと覗きます。

 ホウ「申し訳ありません。どなたもお入れするわけにはいかないのです」
 サイハ「いえいえ、おかまいなく。見るだけならよろしいでしょう」

 老婆に化けたお妃が出したのは毒をたっぷり塗った例の櫛です。さすがに一国の王妃のコレクションの中からピカイチだけあって見事な細工です。

 ホウ「まぁ、本当にきれい」

 悪徳訪問販売を断るコツは決して売り物に興味を示さないことです。

 ホウ「お金はいかほどに」
 サイハ「ええ、ええ。その前に、可愛らしいお嬢さん。櫛で梳いて差し上げましょうね」

 物売りの老婆は窓から顔を出した白雪姫の美しい黒髪に毒の櫛をさしました。毒があっという間に回り、白雪姫はそのままぱたりと倒れてしまいました。

 サイハ「けけけ、これで一番美しいのはアタシさ」

 やはり芸が細かいですな、お妃。
 物売りの老婆が立ち去っていった後、小人たちが帰宅しました。

 アイシャ「って、また死んでるしィィッ!」
 セイ「あーあ。こりゃまたお妃の仕業だよ。お姫さんもこりないねぇ」
 イスカ「あわわ、今回は紐とかも見あたりませんし……」

 素早く小人その2が周囲を見回すと、今朝には見あたらなかった細工物の櫛が目にとまりました。

 セイ「こいつだな」

 試しに小人が髪にさされた櫛を取り除いてみますと、白雪姫の頬には赤みが差し、生き返りました。

 イスカ「駄目ですよ、白雪姫。狙われているんですから、誰が来ても扉を開けてはいけません」
 ホウ「? けれど、お城の城門は始終開けっ放しですよ?」
 セイ「生活環境の違いって影響するんだよなぁ……」

 白雪姫は「誰が来ても扉を開けてはいけない」のスキルを習得しました。レベルがひとつあがりました。

 アイシャ「二度あることは三度ある。ここまできたらもう一度お妃は来るでしょうね」
 セイ「来るだろうね。あっちには何でも見える魔法の鏡があるから、今頃また生き返ってるのばれてるよ」
 イスカ「よく平気でしたね、白雪姫?」
 ホウ「だてに王族やってませんよ。暗殺は日常茶飯事ですから普段より毒には慣らしてあります♪」
 イスカ「……」

 小人たちは顔をつきあわせ今後の作戦会議を始めます。

 アイシャ「と・に・か・く。この中で一番腹黒いのがあんたよ、セイ。お妃様がこれからどういう方法で来るか、あんたなら予想できないかしら?」
 セイ「アイシャさん、それ、ほめてんの? 多分また得意の毒でくると思うけれど」
 イスカ「二番煎じですか? それもまた芸がないような」
 セイ「接触毒で失敗したからね。今度は内臓から吸収される毒でくるんじゃないかな。飲み物か食べ物に混ぜるのは毒殺の定番だし。毒味してない食べ物は口にしないほうがいいだろうね」
 イスカ「姫、そーいうことですから、なにかくれるといってももらってはいけませんよ」
 白雪姫は頷きました。レベルがひとつあがりました。レベルの低いうちは少ない経験値でどんどんレベルアップするものです。

 さてさて、さて。
 今度こそ首尾よく白雪姫を抹殺したと思っているお妃様はやっと枕を高くして眠れました。
 しかし前回の例があるので、お妃は妙な胸騒ぎを覚えてきます。どくろのついた錫杖を持って、そっと鏡にささやきかけました。

 サイハ「鏡よ、鏡。正直にお答えなさい。世界で一番美しいのは誰?」

 気に入らない答えを返せば錫杖で叩き割ってやることを暗に脅しながら、お妃は尋ねました。

 トーラ「えーっとぉぉぉ」
 サイハ「正直に答えていいのよ、鏡?」
 トーラ「そ、そうですか? じゃ、あの、殺気立ってるお妃様もきれいだけれど、いまも元気でいる白雪姫のほうが何千倍も美人かなぁ……なんちゃって」

 鏡はその瞬間、錫杖で打擲されました。

 トーラ「ちょっとぉぉぉ!?」
 サイハ「……お黙り」

 鏡はぴたりと黙りました。あわれ、壁の鏡には盛大にひびが入っています。

 サイハ「しぶとい。本当にしぶとい。ゴキブリ並みにしぶとい」

 お妃は手にした錫杖までばきっと派手に折ってしまわれました。すいません、仮にも世界一の美人をゴキブリよばわりするのだけはやめてください……いくら黒髪だからって……ぶつぶつ。

 サイハ「……。青鹿」
 ぱきっと指を鳴らしますと、どこからともなく青い鹿があらわれました。
 青い髪の妖魔「はいな。呼びましたか、麗しきお妃様?」
 サイハ「いいこと? 一番よい香りを放つ、青林檎を探してきておくれ」
 青い髪の妖魔「青林檎ですか?」
 サイハ「そうよ。まだまだ青くてすっぱい林檎のように思えて、それでも思わず手をのばさずにはいられない、実は甘くて何より薫り高い青林檎をね……」
 どうやらお妃の頭には次の暗殺計画が浮かんだようです。
 青い髪の妖魔「了解♪」
 妙にうきうきとした声で青い鹿は消えました。

 さて。お妃は青い鹿が消えると秘密の小部屋にこもり、急いで毒を煮詰め始めました。今度は毒の種類が違うので血のように真っ赤です。
 青い鹿はすぐに林檎を持って戻ってきました。艶やかで最高の香りの青林檎です。
 セイ「香りが逃げちゃいますから早めに召し上がってくださいね」
 サイハ「上物ね。よくやったわ」

 お妃は煮詰めた赤い毒をすくいあげると、とろりとその林檎にかけました。

 サイハ「今度こそ殺してあげるわね、愛しい白雪姫」

 青い鹿がさがるとお妃は急いで特殊メイクをしはじめました。ぼろ布をまとい、今度は百姓女に化けました。今度もまた、あの美しいお妃の面影は欠片もありません。
 そしてできるだけ粗末なかごの中に、今度はペティナイフと林檎をひとつだけ仕込むと七つの山をこえて小人の家にやってきました。

 サイハ「林檎はいりませんか」

 白雪姫は窓からそれをちらと覗きます。

 ホウ「申し訳ありません。中にお入れすることもできませんし、家の戸を開けることも許されておりません」
 サイハ「おや、まあ」

 お妃がばけた百姓女は、がっくりと肩を落としました。

 サイハ「実は……うちには意地悪な嫁がおりましてね。林檎を全部売るまで帰れないのです。あとひとつ、あとひとつなんですけれどねぇ」

 よよよよよ。泣き崩れました。
 白雪姫の良心に訴えて泣き落としをかける作戦ですね?

 困ってしまったのは白雪姫。誰にも扉をあけてはいけないといわれているし、それに食べ物には気を付けろと注意されたばかりです。それでも泣きじゃくる百姓女をむげに追い返す真似はできませんでした。

 ホウ「申し訳ありません。何ももらってはいけないといわれているのです」
 サイハ「毒があるとでもお思いですか?」
 さて、ここからが用意してきたペティナイフの出番です。
 サイハ「それでは林檎を半分に切りましょう。私はこちらの白いところを食べますから、お姫様は赤いところをどうぞ」

 悪徳訪問販売に引っかからないコツは決して相手の甘い言葉にのらないことです。

 林檎は、実は半分だけ毒が塗ってあったのです。青いところと赤いところ、きれいに半分にわけて百姓女は青い林檎の白い実にかじりつきました。ぷんと甘い香りがただよいます。
 毒味をしない食べ物は食べてはいけないといわれましたが、目の前で百姓女がおいしそうに林檎を食べるのを見て白雪姫も「大丈夫だろう」と思いました。けれどおいしそうに林檎をたべる百姓女の姿に、首を傾げずにはいられませんでした。

 ホウ「おばあさん、どうして売れ残った林檎をぜんぶ自分で食べておしまいにならないのです?」
 サイハ「ちっ……今回は妙なところで鋭いったら」

 百姓女は赤い林檎の半分を白雪姫に押しつけました。

 サイハ「駄目だからね。もう切ってしまったんだからね。あんたが食べないと切り口から酸化してまずくなっちまうよ」

 そこまでいわれては白雪姫も口をつけるしかありません。白い果実の部分ではなく、赤い皮の部分から口に付けました。
 がじ。
 一口食べると白雪姫はぱったりと倒れてしまいました。

 サイハ「けけけ、これで一番美しいのはアタシさ」

 やはり芸が細かいですな、お妃。……本性?(汗)
 さてさて。
 お妃様はお城に帰って特殊メイクをとくと、いつものように鏡に向かって囁きました。

 サイハ「さて。鏡よ、鏡。世界で一番美しいのは誰かしら?」

 さすがに過去二回しくじっただけあって問いかけは慎重に行われました。ひびの入った鏡は答えます。

 トーラ「お妃様が一番きれい」
 サイハ「本当に?」
 トーラ「ええ、今度は本当に」

 お妃は小躍りしました。今度こそにっくき白雪姫を抹殺することに成功したのです。

 そのころ森では。
 物売りの老婆が立ち去っていった後、小人たちが帰宅しました。

 アイシャ「って、また死んでるしィィッ!」
 セイ「あーあ。こりゃまたお妃の仕業だよ。お姫さんも本当にこりないねぇ」
 イスカ「あわわ、今度は何が原因で……」

 素早く小人その2が周囲を見回すと、今朝には見あたらなかった半分の林檎が目にとまりました。

 セイ「こいつだな」

 しかし今度は困ってしまいました。
 毒林檎の残りを捨てても食べてしまった林檎のかけらが帰ってくるはずがありません。姫はこれまでのように、原因となる毒さえ取り除けば生き返る特異体質であろうと思うのですが肝心の毒が姫のなかから取り除けないのです。

 アイシャ「マウス・ツー・マウスで人工呼吸! やるのよ、セイ!」
 セイ「ご冗談ッッ。毒殺死体に口を付ける勇気なんざないわぁぁぁッ!!」
 アイシャ「あ、やっぱり?」
 セイ「例え世界一の美人だろーと、こいつだけは絶対いやだかんね!」
 イスカ「微妙に本編の設定と童話の設定を混ぜないでください……」

 結局、この夜、白雪姫は生き返りませんでした。

第四幕

 小人その3はひどく嘆き悲しみました。
 小人その2はわりとどーでもいい顔をしていました。
 小人その1は悲しみこそしましたが現実的でした。

 アイシャ「いつまでもこうしちゃいられないわ。白雪姫の亡骸をおさめる棺を作らないと」
 イスカ「アイシャさんてば、よくそう冷静でいられますね?」
 と、小人その3が涙を拭きながらいいますと、小人その1は答えます。
 アイシャ「泣いてばかりじゃ物事は進まないのよ。前進あるのみ。さて、森だから木はたくさんあるし……」

 反対の声があがりました。

 イスカ「木の棺ではすぐ腐ってしまいます! もしかしたら姫はもう一度生き返るかもしれないじゃないですか!」
 アイシャ「それもそうね。じゃあ、鉄鉱石を掘り起こして製鉄を……」

 反対の声があがりました。

 セイ「だれが鉄の棺を担いでいくと思ってんのさ! オレらだよ? そんな重いもん、担ぎたくないね!」
 アイシャ「それもそうね。私も体力ないからその意見には賛成だわ。じゃあ、何で棺を作ろうかしら」
 イスカ「……誰が体力ないんですか?」
 セイ「しっ。命がおしけりゃ黙ってろ」

 結局(特に小人その3の強い希望で)ガラスで棺を作ることになりました。
 いつでも美しい姫の姿をみられることと、万が一生き返りそうな気配があったら分かるように。棺の金の台には姫の名前と、王様の娘であることが記されました。

 白雪姫の棺は小高い丘の上に安置されました。
 美しい姫を、だれも黒い土にうめることなどできなかったのです。
 イスカ「うう……お可哀想な姫君。暗い土の中にひとりなどお寂しいでしょう」
 セイ「人間が入るだけの土を掘り返すの、労力だしなぁ……」
 アイシャ「ちょっと。イスカの前でそれをいっちゃ、あんた後が怖いわよ」

第五幕

 それから、まぁ、適当に日々は流れて。

 お妃様はあいかわらずご機嫌。白雪姫はあいかわらず死んだまま。小人はあいかわらず炭坑堀り。たまに白雪姫の様子を見に行きます。
 さて、そのころ白馬に乗った王子様が従者ふたりほど連れて諸国を旅しておりました。かの王子様は、小高い丘の上、小人が花を手向けるガラスの棺を見つけたのです。
 王子はその姫を一目見て、いいました。

 ヒスイ「なんという美しい姫だ」

 セイ「あんまりだー、ヒスイが王子様役なんてーッ」
 アイシャ「ちょっと、予定外の台詞を吐くんじゃないわよぅ!」
 イスカ「(残る二人は無視して)白雪姫はずっと眠ったままなのです」
 ヒスイ「(これまた無視して)死んでいないのか?」

 死んだにしてはいつまでも姫は美しいままであることを告げると、王子はこの姫の棺が欲しいとお思いになり、譲ってくれと小人にお願いしました。

 セイ「どうぞどうぞ、いくらでも」
 アイシャ「こらーッ」
 イスカ「だめです! いくら王子様でもお譲りできません!」
 ヒスイ「そこをなんとか」

 王子様も食い下がります。

 セイ「てか、なんで死んだお姫さんなんか欲しいわけ?」
 アイシャ「王子様がロリコンとか死体愛好者なんてオチは(演じている人間を考えると)あってほしくないんだけど……」
 ヒスイ「……生き別れたうちの父にそっくりなんだ」
 イスカ「お父様? お母様でなくて?」
 ヒスイ「うちは女王の国なんだ。母は元気に国を治めている。……どうしても駄目だろうか?」

 小人達がヒスイ……いや、王子の頼みを断るなど最終的にはできようはずがありません。結局しぶしぶながら承諾してしまいました。

 セイ「ってことは、このあとはお約束のキスなのか! いやだぁぁあああああ!!」
 アイシャ「あんたが泣いたってしょーがないでしょお!?」
 イスカ「どのみち口づけは駄目ですよ。セイがいったんですよ。白雪姫は毒殺死体だから口に触れるのは危険なんです」
 ヒスイ「……いや、さすがに……毒があろうとなかろうと、どんなに美人でもこの顔にキスする勇気はない」

 白雪姫の亡骸をもらえることを王子は喜んで、従者たちにガラスの棺を運ばせるようにいいました。

 ヒスイ「コゥイ、レイガ、頼む」

 従者たちはガラスの棺を両肩に担ぎました。

 コゥイ「つーか、なんで俺がこんなちょい役……」
 レイガ「いいわねぇ、白雪姫ってば本当に美人で。アタシもこーいう美人に生まれたかったわぁ」
 コゥイ「男姿でオカマ言葉を使うなといってんだろーがあッ!!(鳥肌)」

 従者はうっかり(うっかり?)棺を担ぐバランスを崩してしまいました。
 ガラスの蓋が開き、姫の体は投げ出されました。
 と、そのとき。
 なんということでしょう。その拍子に白雪姫の口から、のどにつかえていた林檎のかけらがぽろりと飛び出したのです。
 白雪姫は三度目の蘇生を果たしました。

 ホウ「王子様ですか?」
 ヒスイ「どうもそういうことになっている」

 白雪姫と王子様は一目で恋に……。

 セイ「落ちない落ちない! 近親○なんてオレが許さないかんね!」

 王子様のアッパーが小人その2に決まりました。見事です、王子。

 ヒスイ「姫。聞けばあなたは義理の母君に命を狙われているという。どうだろう、私の国に避難してこないか?」
 ホウ「そんな……ご迷惑では……」
 アイシャ「あら、それは、私たちになら迷惑かけてもいいって理論かしら?」

 正論です、小人その1。

 ヒスイ「あなたはまだ幼い。あなたさえよければ、私はあなたの兄代わりとなろう」
 ホウ「それでは……お言葉に甘えさせていただきます」

 こうして姫は王子様と一緒に、新しい国へゆくことになりました。
 めでたしめでたし。

 しかし物語はこれで終わらない……。

第六幕

 王子様とお姫様が結婚した時点でほとんどの物語は「めでたしめでたし」とおわります。
 けれど、伝承される民話には大抵「続き」があるのです、ふふふふふ。

 さて。
 お妃は招待状を受け取っていました。隣の国ではあたらしい王女を迎えたので、そのお披露目パーティを行うというのです。
 お妃はパーティが大好きでしたのでうんとおめかしして鏡の前に立ちました。

 サイハ「ひびの入った鏡ちゃん。世界で一番美しいのは誰?」

 お妃に強く叩かれ、表面にひびを入れられてから鏡の根性はすこーし腐っていました。

 トーラ「お妃様はとってもきれい。でも、隣の国の新しい王女様はもーっときれい♪(邪笑)」

 素直に白雪姫が生きていることを教えなかったのです。
 お妃はまた新しいライバルができたとお思いになりました。

 サイハ「……仕方ないわねぇ」
 何が仕方ないのでしょうか、お妃様。小さくため息をつくお妃様はたいそう美しい姿でした。もしもし、その手に持った毒薬はなんですか、お妃様。
 サイハ「さぁ、今度はどんな方法で眠らせてあげましょうか」
 白雪姫を抹殺したことでお妃に自信がついたようです。お妃様は暗い笑みを浮かべて隣の国に馬車を走らせました。

 宴は盛大でした。
 その中心にいて、王子の隣にいるのはあの白雪姫です。あっとお妃は驚き、声をあげました。

 ヒスイ「のこのことやって来たな、悪のクソババア!」
 サイハ「クソバ……おのれ、一番、いってはならない禁句を!!」

 本編でもこれは禁句です。
 いえ、現実世界でも全ての女性に対する禁句です。

 ヒスイ「その妃を捕らえよ!」

 お妃様の両端からは従者がふたり飛び出して、お妃の両腕をしっかりと捕らえました。

 レイガ「さすがにアイシャやイスカにこういう役をやらせるわけにもいかんからな」
 コゥイ「ってことは、俺らは汚れ役専門ってことか?」
 レイガ「それをいうなら、汚れ役をやっても違和感のない主役というのもどうかと思うが……」

 汚れ役王子が口を挟みました。
 ヒスイ「余計なことはいわんでよろしい」

 たしかに、うちの白雪姫にこういう役はできませんからね。これから起こる惨劇を姫には見せないため、王子はそっと姫を会場から離れさせました。

 ヒスイ「小人その2、用意したものを」

 続く王子の命令に、一番腹黒いと仲間内で有名な青い目の小人がとびだしてきました。

 セイ「はぁい♪」

 小人はちょろちょろ出てくると真っ赤に焼けた鉄の靴を持ってきました。小人はにっこり笑って、赤い靴をやっとこではさんで、お妃の目の前にそれを置きます。

 サイハ「お前は……!」
 セイ「麗しきお妃様♪ 王子様からのプレゼントですって。どうぞお受け取りくださいねっ♪」
 サイハ「お前……そう。お前がすべて仕組んだのね。黒幕はお前だったのね……!」
 セイ「なんのことやらぁ?(にっこり)」

 お妃は、「麗しきお妃様♪」と呼ぶときの独特の節回しに覚えがありました。ぎりぎりとつり上がった眉を小人に向けて(もちろん小人はどこ吹く風)、誇り高きお妃は鉄の靴を履きました。
 そして見事な踊りを披露して、焼け死んでしまったということです。

 白雪姫はその後さらに美しく成長して自分の生まれた国を継ぎました。そうして金の髪をした凛々しい王子をつかまえ、幸せに暮らしたということです。
 姫を助けた王子様は女王様の跡を継いで立派な王様となりました。小人たちは相変わらず元気に森で暮らし(彼らはとても長生きなのです)、小人その2だけはその後もちょろちょろとお城に姿をみせては王子につきまとっているようですが。従者たちは変わらずお城でおつとめしています。

 トーラ「というか……私は?」

 めでたしめでたし。
 余談ながら、その後森で青い鹿をみたものは誰もいないそうです。

 トーラ「だから私は!? 魔法の鏡はどうなったのよーッ」

 おしまい。

<幕>

舞台裏

 アイシャ「それにしても、かなりグリム童話に忠実に書いたわねぇ?」
 イスカ「作者が幼少期に読んだ『白雪姫』はそういう話だったそうですよ。継母が姫のものと思っている内臓をぱくりとやり、紐売り・櫛売り・林檎売りが出てきて、ラストの結婚式では真っ赤に焼けた鉄の靴を継母が履かされておしまいというところまで書いてあったとか」
 セイ「うわぁ、残酷(笑)」
 レイガ「しかも文字ばっかの童話集じゃなくて、ほんとの絵本なんだな、これが」
 コゥイ「それ、本当に子供向けの絵本か?」
 ヒスイ「美しい挿し絵の白雪姫がこんな恐ろしいことをやるのかと、作者は子供心に女の怖さを思い知ったそうだ。子供の頃はどちらかというと嫌いな絵本だったが大人になって一番印象深い絵本になっていたそうな」
 トーラ「残酷だったり淫蕩だったりする話ほど子供は印象に残ってるもんよ。そういうわけで子供向きに書き直してるアニメ絵の絵本は反対ね、うん」
<終>


<あとがき>
 三周年記念企画。
 オールキャスト……とはいきませんでした。なんと久しく忘れていた青い髪の妖魔の出番はあるのに、肝心のサラとソウジュの出番がありません。ごめんよ。
 残酷さの入り交じった白雪姫はおそらく一番好きな物語です。

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