赤い石の腕輪<終>
「マム、これ、綺麗」
「ん?」小さな娘が指差したのは私の腕輪。
「ああ、綺麗だろう」
よいしょ、と娘をひざの上に乗せる。普段かまってやらないせいだろうか。なんとなしに居心地悪そうにしていて、こういうとき、娘と接する時間の少なさを思い知らされる。
「ほら、これはお前のお父さんにもらった物だ」
私の左手首には金色の腕輪があった。
蔦が浮き彫りにされていて、赤い石と真珠の粒が散りばめられている。
「これ、ルビー?」
「いいや、これはスピネルという石だ」
きょと、と緑の瞳をまんまるにして石を見つめている。
私は宝石についての話を始めることにした。ルビー、というのは現在赤色コランダムのみを指して使う言葉だ。
だが大昔は赤色透明石はみんな同じ名前で呼ばれていた。
ルビーもガーネットも、このスピネルも。
そもそも、区別がつかなかったんだろうな。お前だって見ただけではよく分からないだろう?スピネルは細密顕微鏡が出来るまで鑑別が難しく、ルビーと非常に見分けにくかった。
スピネルそのものは実に多彩な色彩を持つ石で、透明なものはダイヤに、青色のものはサファイアに、とても間違えられやすい。スピネルにはこんなお話がある。イギリスはロンドン塔に展示されてあるインペリアル・ステート・クラウンという王冠にはめ込まれている「黒太子のルビー」、これは世界最大のルビーとして有名だったが、近年、実はスピネルだったと判明した。
これはいかにスピネルがルビーとよく似ているかという話をするのに必ず引き合いに出される逸話なんだ。「……よくわかんない」
「そうか」
つい熱心に話してしまって、わかりやすさに欠けていたらしい。
娘は続けていった。
「つまり、ルビーの偽物ってこと?」
「うん?」
どう答えていいかちょっと迷った。確かにルビーの模造品という用途で使われることの多いスピネルだ。
だが、この腕輪をくれた男と偽物という響きはこの上なく不協和音の気がした。
それほど考える間もなく私は答えた。
「最初からルビーが欲しいといってたのにもらったのがスピネルだとしたら、確かに偽物だというかもしれない。でも、お母さんはそんなこといわなかった。スピネルはスピネルで、偽物じゃない。これは、お父さんが、お母さんに贈ろうと思って選んでくれたものだ。だから本物なんだ」
娘はやっぱりよく分からなかったらしく首を捻っている。
まあ、あっちの世界じゃルビーとスピネルを見分けろということそのものが難しいだろうしな。「マムは、……ルビーとスピネル、どっちが好き?」
そうきたか。
「そうだな、お前は?」
「……ルビー」
「そうか。お母さんはどっちも好きだな」
「駄目! ずるい、どっちかにして!」
私は娘の頭をくしゃくしゃとかきまわした。
「どうしてもひとつ選べといわれたら、お母さんはこの腕輪がいいな。どんなルビーでもスピネルでも駄目で、この腕輪についてるこれがいい」娘は、やっぱり納得いかないという顔で睨んでいる。
まあいいさ。
お父さんと私がどれだけ仲が良かったか、それさえ伝わっていればそれでいいさ。