劇中劇「Sleeping Beauty」
 
舞台裏

 ヒスイ「で、どうして私が王妃役なんだ?」
 セイ「なんでも登場キャラが少ないから、本編の時代を無視して色々やるみたいだよ」
 ヒスイ「……こら……さりげなく回されたこの手は何なんだ?」
 セイ「だって、オレ、王様役なんだもーんっ」
 ヒスイ「……(怒)」

第一幕

 昔々のお話です。ある国に陽気な王様と美しい王妃様がおりました。王様がベタ惚れで、近隣諸国にはたいそう仲の良い夫婦(思いこみは恐ろしい)と評判でしたが、お二人の間にはまだお子様がおられませんでした。

 ある時、王妃様は中庭の泉で水浴をなさりながら、ぽつりと呟きました。
 ヒスイ「『……ああ、子供が欲しいわ』(台本、棒読み)」
 すると泉のほとりで草葉が揺れました。
 ヒスイ「何奴!」
 ???「わぁっ、待て! 待てというに!」
 咄嗟に誰かさんが覗きを働いていると想定し、剣を手に掛けた王妃を必死に押しとどめて出てきたのは一匹の蛙でした。

 ヒスイ「何だ、蛙か」
(剣を納める)
 蛙「なぜ王妃が剣など持っておるのだ! ……ま、まあいい。美しく勇ましき王妃よ。悲しむことはない。そなたは間もなく姫を授かるであろう」

 蛙はそう予言しました。王妃は目をまん丸にします。と、その時。同じく草の影に隠れていた王様が、素晴らしい跳び蹴りを蛙に向かってぶちかましました。

 セイ「いつまでヒスイの裸、覗いてやがるんだ、クソ蛙がぁぁぁ!」
 哀れ、蛙は森の奥まで吹き飛ばされました。
 セイ「そんな、ヒスイ! ……じゃない、王妃! こんなクソ蛙の予言なんかなくても、いってくれれば子作りくらい、いっくらでも協力するのにっ。さあ、そうと決まれば善は急げ。なんなら今すぐ……」(うきうき)
 ヒスイ「……。い・つ・ま・で、抱きついてるんだ、お前は!!」
 王妃のアッパーが炸裂。そして王様は星になりましたとさ。きらーん。

 さてさて、王妃様の必死の抵抗も空しく……否、王様の旺盛な下心……否、熱意が実ったのか、王妃様はめでたくご懐妊。お綺麗な王子様がご誕生なさいました。王子様はホウと名付けられました。

 セイ「世継ぎだ、世継ぎだ、ばんざーい」
 ヒスイ「……蛙の予言では姫だったんだがな。……その前に、何かがおかしくないか? なんで私がホウを生まねばならん?」
 セイ「気にしない、気にしない♪」

 予言の蛙に王様が蹴りを入れたのがケチの付き始めだということに、誰も気付くものはなく……いえ、ただひとり。あの時、蛙に化けていた魔法使いだけは首を捻っておりました。
 セツロ「おかしい……確かに姫が生まれるよう、魔法をかけたのだがな?」

第二幕

 さて、王子様ご誕生を祝って、国を挙げての盛大な舞踏会が開かれることになりました。その招待客リストを作る際、この国の魔法使いも呼んで王子に祝福を与えてもらおう、ということになったのですが。

 セイ「宴に使う金の皿が12枚。なのに……魔法使いは13人いるって?」
 王様は見た目の陽気さに反して、なかなかしたたかでした。お皿は普通、1ダース一組です。取り寄せるにしても、滅多にない金のお皿ですから特注せねばなりません。この先、使い道のない皿を、たった一枚にしてもわざわざお金を払って注文する気にはなれませんでした。だからといって、まさか一人だけ銀のお皿で出すわけにはいきません。
 セイ「じゃあ、招待客の方を削ろう。えーと、女性は全員招待するとして、あ、こいつには金貸してるからついでに取り立てて、こいつは恩を売っておいて損はないし……」
 そうして消去法で選んだ「呼ばれない13番目の魔法使い」は、偶然でしょうか、蛙に化けたあの魔法使いでした。

 さて、お城の大広間では盛大な舞踏会が開かれました。
 丁寧にしつらえられた白いゆりかごの中で、黒髪の王子様は健やかに眠っていました。その王子様に12人の魔法使いはそれぞれ魔法の贈り物を与えていきました。
 美貌やら美声やら、どこか間違っているような贈り物ばかりでしたが……。

 ほとんどすべての魔法使いが贈り物を贈り終えたと思われた、その時です。灯りが示し合わせたように点滅したと思うと、窓から一匹のコウモリが入ってきました。コウモリは何と、13番目の魔法使いに姿を変えました。
 蛙やらコウモリやら好きですね、こいつ。

 セツロ「王よ、よくも私だけ宴に呼ばなかったな……」
 ヒスイ「セイ! お前やっぱりケチったな!」
 セイ「だって、一回しか使わないのにもったいないじゃん!」
 セツロ「……お前ら……何を仲良く痴話喧嘩している……」
 そこへ王様がとどめとばかり余計な一言を。
 セイ「お前、妬いてんの? 分かった。いい年こいて独り身なんだろー」

 ぐさっ!

 セイ「あ、図星?」
 セツロ「ふふふ。……ふはははは。あーっはっはっは!
 王よ、この王子に祝福ならぬ呪いを与えてやろう。王子は今後姫として育ち、15の年に糸紡ぎの錘(つむ)に刺されて死ぬ運命となるだろう!」

 もうやけくそです、13番目の魔法使い。哀愁漂う背中を晒しながら、彼はコウモリに化けて再び飛び立っていきました。

 なんということでしょう。王様が一枚の皿代をケチったばっかりに、王子は15の身空で、姫として死んでしまう運命になってしまいました。
 お祝いムードから一転して湿っぽい空気になってしまった大広間。その招待客の中から一人、まだお祝いをすませていない12番目の魔法使いが進み出てきました。

 アイシャ「私はまだ王子様にお祝いをいっておりません。私の力では彼の魔力を消すことは出来ませんが、せめて呪いを軽くすることはできるでしょう」
 12番目の魔法使いは魔法の枝を振りました。
 セイ「あれ、アイシャいたんだ。全部の魔法使いが祝いをすませたと思ったけど?」
 アイシャ「うるさいわね。ちょっと花摘みで中座してたのよッ」

 この12番目の魔法使いは国王夫妻の友人でもありました。パーティの後日、王妃様は魔法使いに尋ねました。
 ヒスイ「それで? 具体的にはどう軽くなるんだ?」
 アイシャ「えーとね、死ぬかわりに不老不死のまま仮死状態になるの。真実の恋人がキスしたら魔法が解けるのよ。素敵でしょう?」
 ヒスイ「……それは、真実の恋人が現れない場合は永遠に仮死状態のままということか?」
 アイシャ「はっ!」
 セイ「(ぼそ)やっぱりどこか抜けて……」
 アイシャ「何かいった?」(氷の微笑み)

第三幕

 さて、王子はその後すくすくと(呪いが効いているのか)優しくたおやかで美しい、どこから見ても文句の付けようのない完璧な「姫」として育ってしまいました。
 王様と王妃様の危惧しているのは誕生の時の呪いです。命の危険がなくなったのは嬉しいのですが、真実の恋人がキスをすれば魔法が解ける、ということは女の人が王子にキスをしないと魔法は解けないわけで……けれど、どうみても王子は「姫」にしか見えないのです。下手すりゃどっかの馬鹿王子にキスされちゃうぞ、っと。

 ホウ「私だって好きでこんな格好をしてるのではないのですが……」
 セイ「まー、ちょっと背が高すぎるのが気になるけど、どっからどう見ても完璧な姫じゃん。その内おとーちゃんがいい旦那探してやるかんなっ」
 ホウ「男の身の上で嫁入りしてたまりますか!」

 王様の恐ろしい冗談(もしくは本気)はさておいて、王子……姫は本気で悩んでいました。姫には15になったら錘に刺されて死ぬかもしれない、とだけ伝えられていたのです。
 相変わらず、ぐだぐだ悩む姿が似合う男です。

 そうこうするうちに、あっというまに姫は15になってしまいました。何が起こるか分からないので誕生パーティはなしです。王様と王妃様は、姫の今後を相談するため12番目の魔法使いの元へと揃って出かけました。
 王妃様は「くれぐれも」錘のあるようなところには行かないようにと念を押していきましたが、実は姫、今まで錘というものを見たことがないのです。
 今日を乗り切れば、「姫」は晴れて王子に戻れるのです。緊張した姫は当てもなく城の中をうろうろすることにしました。お城は広くて、今まで姫が行ったことのない場所もたくさんあったのです。姫は色々見て回って、ある塔の階段を上って、その最上階に小さな部屋を見つけました。一人のおばあさんがいて、なにやら綿の固まりを引っ張って、細く長く寄り合わせています。

 ホウ「おばあさん? そこで何をしていらっしゃるのですか」
 セツロ「糸を紡いでいるのですよ。おや、お姫様は紡績機をご存じありませんか」
 ホウ「いいえ。初めてみるものです」
 セツロ「……ふむ。よくもまあ、好みの美女に育ってくれたものだ」
 ホウ「……おばあさん?」
 セツロ(くすくすくす)「いや、失礼。……お姫様も紡いでみますか。簡単ですよ」

 内心ではちょっと死なせるのはもったいなかったかなー、と思いながら、老婆に化けた13番目の魔法使いはちくっと錘で指を指しました。
 くらり
 ああ、可哀想なお姫様。だまくらかされて予言通り、深い眠りに落ちてしまったのでした。

 ちょうどその頃、王様と王妃様がお帰りでした。一人で長く眠ることになる姫をかわいそうに思ったお二人は、姫が眠るのと同時に城のみんなもまとめて眠ることになるよう、魔法をかけてもらいに行っていたのです。
 魔法は効きました。姫が眠ると同時に、城中の人間、家畜、さては植物までもが長きに渡る眠りに陥ってしまったのです。城は見る間に伸びてきたいばらの結界に覆われました。その結界はいかなる魔法も跳ね返し、外敵を退け、そうしてお城の人間は誰にも傷つけられることなく長きに渡る眠りに陥ってしまったのでした。

 城には美しい姫が眠っている、と近隣で有名になりました。
 たくさんの戦士、王子、騎士が姫を得ようといばらの結界に侵入を試みましたが「真実の恋人」の条件に合わない者(=男)は次々といばらの餌食になり、ついには肥料になりました。

第四幕

 それから百年ばかりたったある日のことです。
 白馬に乗った王子様、ならぬ黒い跳ね馬がトレードマークの赤い車を乗り回し、とうとう理想の「王子様」がやってきました。
 サラ「このいばらの山がここら一帯の土地開発を遅らせてるって?」
 金色の髪、紫の瞳、なんて勇ましい「王子様」。……女性ですけどね。

 サラ「だいたい、呪われてるだのなんだの、非科学的なものは信じんのだ。このいばらの山がどうしたって?」

 サラがいばらの結界に近づくと、あら不思議。結界はひとりでに、ぱきっと両側に分かれました。何だ、入れるじゃないか、と、我らがサラ様は一通り城を検分して回りました。
 ある高い塔の階段を上って……そして、眠れる城の美人を発見したのです。

 さて、当たり前ですが、サラ様は百年前の噂など知りません。見ず知らずの、しかもどう見ても「姫」に接吻する非常識人でもありません。このままでは呪いは解けません。
 ですが。
 そこはそれ、この二人がまとまるためには、必ずこの人のお節介が必要なのです。

 銀の天使「もし。もし。私は蜘蛛です。どうぞこの姫の呪いをお解きください」
 サラ「そういや、いたな。お前」
 銀の天使「(無視して)この姫は呪いで男でありながら姫として育てられたのです。そこに寝っころがっている魔法使いが、姫に余計なちょっかいを出したばっかりに……」
 よよよ、と銀の天使……ならぬ、蜘蛛は泣き真似をしました。
 サラ様は、そこでぴくりと片眉をつり上げました。……そうかそうか、やっぱり姫は好みの顔なんだな?(笑)
 サラ様は魔法使いを窓の外へ放り出しました。書いてますよね、ここは、「高い塔のてっぺん」ですよ。魔法使いの運命はここで終わりましたね、はい。
 そして出歯亀の蜘蛛も追い出して、キスをして……その前に、本当に寝ているかぎゅーっと両頬を引っ張ったりしちゃったりして、そして姫は百年ぶりに目覚めたのでした。

 姫は、目覚めると理想の王子様がいるので驚きました。
 ホウ「助けていただいてありがとうございました」
 染みついた習性は恐ろしいものです。ホウはもう王子に戻れるはずなのに、姫として優雅に礼をしました。それをみてサラはしみじみと
 サラ「事情は聞いたが、ほんっとうにお姫様なんだな。とても男には見えない」
 と、ずけずけといってのけました。
 ホウ「それは失礼ではありませんか? 私はれっきとした男です」
 サラ「だから、とてもそうとは見えないといってるんだ。このまま姫の格好をしている方が絶対に似合うぞ」
 ホウ「……あなたこそ、今の格好だととても女性には見えませんでしたが」
 サラ「なんだと?」
 ホウ「失礼なことをいったのは、あなたが先ですよ!」
 顔を会わせりゃ口げんか。ホウは、サラが絡むととたんに性格悪くなるような気がしませんか? 元気なのはいいことだ。
 ホウ「そんなに信用できないなら証拠をお見せしましょうか!?」
 サラ「受けて立とうじゃないか!」
 そうして……個室には鍵が掛けられました。

 お城の人々も目覚めました。
 王様も、王妃様も。
 セイ「お嫁さんだ、お嫁さん。ヒスイに似た美人さんだってね♪」
 ヒスイ「……それも順番が間違ってる気がするんだが……」
 そうして、王子様とお姫様は末永く幸せに……なったかどうだかは定かではありません。
 ともあれめでたし、めでたし。

<幕>

舞台裏

 ホウ「これのどこが、私が主役なんですか?」
 サラ「いいじゃないか、お姫様役は花だぞ? 私なんか最後しか出てこなかったじゃないか!」
 ホウ「あなたが一番おいしいところ取りしたでしょう!」
 銀の天使「私の出番はなかったはずなのですけれど、どうやってもサラとホウがくっついてくれないからと出番を作っていただきました(笑)」
 セツロ「気が付けばほぼ全員が登場していた、ということだな……どうあっても作者は私を殺したいらしいな……?」(くっくっく)  

<終>


<あとがき>
 可音さんに差し上げました。
 実は「長きに渡る眠り……」が被っていたということに気付きました。推敲がいたらないものを差し上げてしまいまして、申し訳ありません。
 ホウが主人公ということでしたが……蓋を開けてみると甚だ疑問の出来映えになってしまいましたね。それでも現時点でのオールキャストが出せたのは楽しかったです。

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[目次]

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