劇中劇「Cinderella」
 
舞台裏

 ホウ「今回はやっと女装の呪縛から逃れられました」
 サラ「(舌打ち)残念」
 ホウ「毎度毎度私がやってたまりますか。今回はただの小道具係です!」
 サラ「……ん? 私も今回はただの大道具係だが……じゃあ主役は誰がやるんだ?」
 ホウ「(明後日の方向を見つめるうつろな瞳)」
 サラ「ずるいぞ、知ってるんなら教えろ!」
 ヒスイ「……そこのバカップル。そろそろ幕が上がるから舞台袖では静かにしてくれ……」

第一幕

 昔々。あるお大尽さまがおりまして。二度目の奥様をおもらいになりました。
 この奥様は高慢ちきで、連れ子の二人の娘も同じ性質を受け継いでおりました。
 さて、お大尽のほうにも娘がひとりおりましたが、こちらは亡くなったお母様に似てとても心優しい娘でした。
 それに気に入らなくて、新しいお母様とお姉様たちはこぞってこの娘をいじめるのでありました。

 娘は一日中灰まみれになって働いていたので「灰かぶり(シンデレラ)」と呼ばれるようになりました。

 アイシャ「シンデレラ、掃除はすんだ!? 炊事の支度はまだなの!?」
 トーラ「シンデレラ、私のドレス、リボンが曲がってない!?」

 シンデレラはいいます。

 セイ「……だ〜〜〜れが、シンデレラだってェ〜〜〜?」

 そこには、おどろおどろしいオーラを放った若い娘が……。
 ……えーっと。一応台本では「心優しい」娘なんですけど。

 トーラ「うわーん、お姉様、やっぱり怖い〜」
 アイシャ「あんたが怖がっててどうするの! 末娘をいじめる義理の姉の役でしょ!」
 トーラ「だって〜〜〜(泣)」

 そこへ新しいお母様が現れました。

 アイシャ&トーラ「お母様ッ♪」
 レイガ「あらあら、どうしたの、可愛い娘たち♪」
 セイ「いやだぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 レイガ「お黙り。まったく何が気に入らないのかしらね、この娘は」
 セイ「やかましい! このオカマ! あんたと結婚した親父の顔が見てみたいわい!」
 レイガ「アラ見たい? このアタシが惚れて惚れて惚れ抜いて、押し倒した勢いで結婚までこぎつけた『あんたの父親』の顔が見たいって?(にーっこり)」
 セイ「………………アレか。もしかしなくても、アレなのか(脂汗)」

 普通、父親役の影って薄いですけどね。
 なんだか妙な継母の説得に、なんだか妙に納得して、ほんのちょっぴり(雀の涙ほど)父親に同情したシンデレラでありました。

 レイガ「おほほほほ。ところで可愛い娘たち♪ 今日はとってもイイお話を持ってきたのよ。ちゃーんとお聞き♪」
 トーラ「?」
 アイシャ「お母様、それはどういう?」
 レイガ「聞いて驚きなさい、お前達。この国の王子様はただいま結婚適齢期。なのにどんな娘にも心動かされることがないという。そこで王様は、この国で身分のあるものの中から適齢期の娘をすべてお招きになり、舞踏会を開くことをお決めになったのです」
 トーラ「素敵、お母様! きらびやかなドレス、爪弾かれるリュートの音色、軽やかなダンスのステップ……嬉しい! 好きなだけ踊れるのね!」
 アイシャ「なるほど。一対多数の、集団お見合いってわけね。お見合いには興味がないけれど、ああいうところで出るカクテルや珍しい果物は興味あるわね〜」
 トーラ「お姉様……また新しい料理のネタ集め?」
 アイシャ「当然。舞踏会の楽しみなんてそれくらいですもの。これがパーティならおいしいお料理を堪能する楽しみもあるんだけれど(にっこり)」
 トーラ「私は好きなだけ踊れるから舞踏会のほうが好き〜(あはははは)」
 レイガ「アタシは舞踏会もパーティも好きなのに! どうしてこう、うちの娘達はロマンスに無関心なのッ(涙)」

 新しいお母様やお姉様たちが楽しそう(?)に談笑しているのをみて、シンデレラはせつなくなりました。
 そこで「私も舞踏会に行きたい」といってみるのですが、新しいお母様は許してくれません。

 レイガ「というか台本が進まないから、その台詞早くいいなさい」
 セイ「口が裂けてもいえるか」

 レイガ「(棒読み)『なんてこと、シンデレラ。お前など舞踏会に行けるはずがないだろう、みっともない娘の分際で』(棒読み)」
 セイ「人の台詞すっとばして、その先を棒読みしやがったな!」

 二人のお姉様たちが舞踏会に出るというのでシンデレラの仕事がふえました。
 というのも、二人の下着にアイロンをあてたり、そでにフリルのかざりをつけたりするのはシンデレラの仕事だったからです。

 セイ「貴様ら……あとで覚えてろ……」
 トーラ「助けて、おねえさまッ!(怯え)」
 アイシャ「裁縫は苦手なの。あら、さすが器用ね、シンデレラ(けろり)」

 二人のお姉様は朝から晩まで鏡の前。シンデレラは「心優しい」娘だったので、二人のお姉様の髪を見事に結ってさしあげました。

 アイシャ「きっとあなたの腕は芸術品でしょうね。ええ、美人を美人に見せるのは容易いけれど、私のような凡人を美人に見せるのは骨が折れることでしょうからね。私が笑われることがあったら、それはシンデレラの腕が『サイアクー』とか『ヘタクソー』とか陰口をたたかれることになるのよねー♪(ほほほほほ)」
 セイ「まかせなさい、意地でも美人に仕立て上げてやるから(怒)」
 トーラ「すごい、お姉様……あいかわらず口がお上手だわ……」

 シンデレラの器用度はピカイチだったので、お姉様たちはたいそう美しい姿で、お母様に連れられて舞踏会へでかけたのでした。

 そうして三人が連れ立って出かけたのを見てシンデレラは
 セイ「あー、うるさいのがやっと出ていった。酒でもかっくらって寝るかー」
 待たんかい、そこの「心優しい」娘。
 セイ「ミスキャストだよ、こんな芝居。オレは原作通りの善良ぶったイイコちゃん役なんか始めからやるつもり、ないもんねーだ」

 シンデレラはいつものように、自分の寝床である屋根裏部屋へ向かいました。
 新しいお母様はシンデレラの持っていたものをすべて取り上げて新しいお姉様たちに与え、シンデレラにはぼろの服を着せて粗末な屋根裏部屋へと追いやったのです。

 セイ「くすねてきたワインとー、チーズとー。黒パンに生ハムもまたオツなもんだよねー」
 ぽいぽいと口の中に放り込んでぐいっと一杯やったら、のどにつっかえました。
 セイ「!? げほッ……がほッ……!?」
 よっしゃ、涙、出ましたね!?(握り拳)

 サイハ「泣くのはおよし、シンデレラ(にっこり)」
 セイ「うわぁッ! どこから湧いてきやがりましたかーッ!」
 サイハ「(微笑)」

 どかっ。

 何か音がしましたね。おや、なぜシンデレラは足の間を押さえてうずくまっているのかしら♪

 サイハ「私は仙女にして、お前の名付け親なのよ。すこぉぉぉぉし、敬いなさいな?(にっこり)」
 セイ「なんでこの役がよりによってこの人なんだ……さいですか、魔法使いのおばーさん。それで、魔法使いのおばーさん。何の用件ですか、おばーさん?」
 サイハ「おのれ……禁句をよくも3回も……(こほん)舞踏会に行きたいのね、名付け子よ。それでは庭におりてかぼちゃを……」
 セイ「あ、いいです、いいです。もともと舞踏会なんか興味ないですから。とっととお帰りくださいませ」
 サイハ「あら……そうお?」

 仙女は少し悲しそうな顔をしましたが、すぐに立ち直りました。

 サイハ「じゃあ私がドレス着て舞踏会に行こうかしら。私はこの世で一番の美女なんだから、きっとヒスイ王子は私と踊ってくれるでしょうね〜」
 セイ「お待ちください、そこのお美しい仙女サマ」
 手のひら返す早さは本編と同じです。

 シンデレラは「私も舞踏会に行きたい」と、名付け親である仙女に涙ながらに訴えました。……まぁ、この二人ですからそんな感動的なシーンになるはずもありませんけどね。

 セイ「ワタクシが悪うございました、仙女サマ。どうぞ平に平にご容赦を」(土下座)
 サイハ「本当にお前って子は、あの名前に弱いのねぇ(しみじみ)」
 セイ「ごめんなさい、謝ります。だからヒスイ……じゃない、王子様に会わせてください、お願いします。お願いしますったら、お願いします」
 サイハ「惚れ抜いたら相手の迷惑顧みず突き進むあたり、お前の亡き母上ではなくて、あの継母に似てるのではなくて?」
 セイ「いくらなんでもアレと一緒にしないでくださ……そんなことはいいですから」

 サイハ「お手」
 セイ「はい」
 サイハ「三べん回ってワン」
 セイ「くるくるくる〜。わん!」
 サイハ「南京玉すだれ」
 セイ「あ、さて♪ あ、さて♪ さては南京たーますーだれッ♪」
 サイハ「………………本当にしょうがない子(ため息)」

 プライドもへったくれもありませんな。
 仙女は名付け子の様子に、深く深くため息をおつきになられました。気持ちはわからんでもない。

 サイハ「庭にいって、かぼちゃをとっておいで」
 セイ「はいッ(猛ダッシュ)」

 かぼちゃといえば、ジャック・オー・ランタンで有名な、黄金色。
 どこかの国で作られるかぼちゃのよーな緑色ではないのです。

 さてさて、仙女はそのかぼちゃをくりぬいて皮だけにしたかと思うと、杖で軽く小突きました。そうすると、かぼちゃはたちまち、立派な金色の馬車になりました。

 セイ「相変わらず、お見事な幻術で」
 サイハ「おほほほほ。当然よ(ふふん)」

 次に仙女ははつかねずみの罠をのぞきました。そこには6匹のはつかねずみがかかっていました。シンデレラに命じてその罠を少し持ち上げさせると、はつかねずみは一斉に外へと飛び出しました。

 サイハ「甘い♪」

 逃げるねずみは恐ろしいスピードで移動するのですが、仙女は次々にそのねずみたちを杖で小突きました。さぞやモグラ叩きゲームでも高得点を叩き出せることでしょう。
 あっというまに、そこには芦毛の馬が六頭、できあがりました。

 サイハ「これで六頭立ての馬車の出来上がりね。……あら、御者がいないわ」
 セイ「また鼠でも捕まえてきましょうか」

 へらっと笑ってシンデレラは、台所にあるネズミ捕りを見に行きました。
 そこには丸々太ったどぶねずみがかかっていました。

 セイ「どーです?」
 サイハ「ま、いいでしょう」

 仙女はその中から一番立派などぶねずみを一匹選んで、杖で軽く小突きました。
 あっというまに立派な御者のできあがりです。

 イスカ「ご命令を」

 おや、シンデレラが露骨にいやそうな顔をしましたね。何かあったんでしょうか。

 さて、最後は従僕です。
 仙女は庭のじょうろの後ろにいるトカゲを6匹持ってくるように、シンデレラに言いつけました。分かってるなら自分でとりにいけとシンデレラは腹の中で毒づきましたが、王子様に会いたい一心でその台詞をのみこみました。

 トカゲというのは、あれでなかなか、きれいなやつでして。
 一見地味な茶色に見えますが、重なった細かい鱗が光をきらきら跳ね返して、とても滑らかな輝きをしています。
 仙女が魔法をかけると、全員おそろいの総スパンコールの上着を着た、立派な従僕が六人もできました。

 サイハ「さあ、舞踏会へ行く支度はすっかり整ったわ」
 セイ「わ〜、ぱちぱちぱち〜」
 サイハ「あら……最後にあなたのドレスを見立てるのを忘れていたわね」
 セイ「ぎく」

 サイハ「うーんと素敵なドレスにしましょうね♪」
 セイ「え……いや……あの……丁重にお断り……しちゃ駄目、ですか?」
 サイハ「だ・め♪」
 セイ「いやー、それだけはいやー!(泣)」
 サイハ「おほほほほ、お前ごときが、この私に逆らえると思ってるの?(高笑い)」

 ――ドレス姿はご想像におまかせいたします。

 すっかり準備が整って、シンデレラは馬車に乗り込みました。
 仙女は、とくとくと言い聞かせます。

 サイハ「いいこと? くれぐれも十二時前に帰っていらっしゃい。もしも十二時を一瞬でもすぎて舞踏会に残っていると、馬車はかぼちゃに、馬ははつかねずみに、従僕はとかげに戻ってしまい、衣裳もまた元のふるぼけた姿にかえってしまうから」
 セイ「ありがとうございます(一応)。でも、日付が変更するだけで解ける幻術なんて、高貴な仙女サマの魔法とも思えませんがねぇぇ?」
 サイハ「夜遊びをしすぎないよう、防衛策に決まっているじゃないの。調子に乗ってそのまま朝まで居座ってしまいそうですからね、お前は」
 セイ「(ばれてたか……)」

 そうして仙女はシンデレラに、銀ねず色に輝く「リス皮の靴」をひとそろい、くれました。

 セイ「あれ?」
 サイハ「どうかして?」
 セイ「えっと……台本には『ガラスの靴』となってたはずなんですけれど……(汗)」
 サイハ「本当に履けると思ってるの? 伸縮性のない素材でできた靴を? 透明素材でできた靴なんて、お前の汚い足が丸見えってことじゃないの。おまけに、踊っている最中に体重のかけ方次第で、パリンといくかもしれなくてよ?」
 セイ「ごもっともですが……でもねぇ、そこはそれ、リス皮の靴よりもガラスの靴のほうが珍しくて王子様の気を引くにはもってこいじゃないですか。仙女サマなら『履けるガラスの靴』を作れますよね?」
 サイハ「そう来るわけね。妙なところで知恵をつけてること」

 ガラスの靴は、リス皮(vair)をガラス(verre)に誤訳したという説と、原作者シャルル=ペローの創作という説があります。

 さてさて、仙女はとても優れた方でいらっしゃいましたから、気合いと根性と想像力をこめて、素敵なガラスの靴を作ってシンデレラに与えました。

 セイ「それじゃ、いってきます、魔法使いのおば〜さ〜ん♪」
 サイハ「最後まで禁句を!」

 あっというまに馬車は全力疾走して行ってしまいました。

 サイハ「ふッ。普段なら死んでもやらない女装姿、せいぜい楽しませてもらうわよ♪」
 仙女はにっこり笑いました。

第二幕

 舞踏会です。
 あっちもこっちも、そこかしら、きらんきらん。さすがにお城はゴージャスです。
 そこへ、誰も知らない美しい姫が到着したとの知らせが届きました。

 イスカ「いくらなんでも無理がありませんか?」
 セイ「黙れ、元どぶねずみの御者」

 シンデレラがしずしずと広間に入ると。
 王子様は他の娘とダンスを踊っているところでした。そう、あれは下の姉です。

 ヒスイ「ダンスがお上手ですね」
 トーラ「あら♪ お褒めにあずかり光栄ですわ、王子様♪」

 シンデレラはつかつかつかつか、下の姉に近づいて足払いをかましました。

 トーラ「きゃー!」
 ヒスイ「姫!?」
 トーラ「何すんのよ、あなた!」

 派手に転びそうになった下の姉(土俵際でなんとか踏ん張ったようです、えらいえらい)は、突然現れた姫をにらみつけました。が。

 セイ「失礼」

 謎の姫君は扇で口元を隠して、ひとにらみ。
 ……下の姉は。それはもう、世にも恐ろしいものを見た、といわんばかりに顔を引きつらせて逃げ出しました。

 トーラ「突然気分が! 王子様、失礼いたします!(脱兎)」
 ヒスイ「あっ、姫!?」

 アイシャ「どうしたの、そんなに青ざめて」
 トーラ「こ、怖い……怖かった」
 アイシャ「ん?」

 上の姉が王子様を見ると、見知らぬ姫と二人で何か会話を交わしているようです。
 その謎の姫の顔を見たとたん、上の姉も真っ青になりました。

 アイシャ「見てはいけないものを見た気がする……」
 トーラ「怖いよう、おねえさま〜」
 アイシャ「いいえ、気のせいよッ。何も見なかったし、何か見てもあれはきっと別人!」
 トーラ「そーよね、おねーさま! 私たち何も知らなかったわよね!(泣)」

 と、二人の姉たちが口裏を合わせている間、王子様と謎の姫はこんな会話をしておりました。

 ヒスイ「どこのどなたか知らないが、いきなり不作法なのではありませんか?」
 セイ「(演技)ああ……申し訳ありません、王子様。突如、立ちくらみがいたしまして。あのお姫様にも本当に申し訳ないことをしてしまいました(嘘八百)」
 ヒスイ「気分が悪いなら従者にいって広間からさがらせて……」
 セイ「(演技)まぁ、お優しい王子様!」

 でもここで食い下がるシンデレラではありません。

 セイ「(演技)もしこの場でさがったら二度とお目にかかることはないでしょう。その前に一曲、踊ってはいただけませんでしょうか」

 しかし、シンデレラ? 「この」王子の性格をお忘れじゃございませんか?

 ヒスイ「順番だ」
 セイ「は?」
 ヒスイ「この舞踏会は私のために開かれたのでな。ダンスの申し込みは貴殿だけではない。あちらの受付で整理券をもらって待っていてもらえるだろうか」
 セイ「(整理券制かい!)」

 順番とか生真面目に守るタイプなのですよ。
 広間のすみにはずらりと並ぶ壁の花。あれ全部王子とのダンス待ちです。シンデレラはそのなかに混ざりたくなくて一度中庭に出ました。

 セイ「うむむむむ、さすがはヒスイさん。でもじっくりゆっくり知り合ってる暇なんて今回はないんだよねー」
 イスカ「失敗したんでチュか?」
 セイ「やかましいぞ、ねずみ」
 イスカ「元ねずみなのは別に僕だけじゃありませんよ。馬たちもでチュよ」

 庭の片隅に隠れるようにして今後の対策を練っていると、近くから王子本人の声が聞こえました。

 ヒスイ「もうたくさんだ!」

 セイ「今の、王子の声だ」
 イスカ「広間から抜けだしてこられたんでチュかね。考えてみれば、王子様は次々踊りっぱなしでしたからねー。休憩なさってるんじゃありませんか?」

 周りに誰もいないと思って王子様は力一杯本音を暴露しておりました。

 ヒスイ「もういやだ! 飾り立てた女性達とあたりさわりのない会話をするのも飽きたし、こんな窮屈な服を着てダンスを踊り続けるにも限界がある!」
 キドラ「その案は却下します。何がなんでもこなしていただきましょう。国中の貴族の娘全員とのダンスを。まだ半分残ってますよ」
 ヒスイ「鬼!」

 イスカ「なんであいつが王子の従者なんでチュかー!」
 セイ「黙ってろ。……ああ、それにしても、相変わらずヒスイさんてば舞踏会とか嫌いなんだなぁ♪」
 イスカ「なんで嬉しそうなんでチュか?」
 セイ「しーっ、静かに」

 キドラ「だいたい、王子が早く結婚相手をお選びにならないからこんな面倒なことが起こる。隣国の王女とでも、我が国の貴族の姫とでも、なんなら下町の娘でもよろしい。さっさと身を固めてしまいなさい。それがあなたのため、ひいては王国のためです」
 ヒスイ「……身も蓋もないことをいわせればお前が一番適役だな」
 キドラ「恐れ入ります」

 ヒスイ「……お前、今、下町の娘でもいいといったな?」
 キドラ「御意。王妃に仕立て上げるのは我々の仕事です。最初からある程度教養があれば覚えていただくことは少なくてすみますが、そうでなければないで、腕のふるいがいがあります。ですが王子。下町の娘の数は、今日招いた姫君の三倍はいると思ってください。三日三晩ダンスをなさいますか? むろん、私は反対などいたしませんが……」
 ヒスイ「勘弁してくれ。体が持たん」

 ヒスイ「……いっそ無理難題を押しつけようか。これこれといった条件にあてはまる娘なら妻にするとか」
 キドラ「結構ですな。反対はしませんよ。結婚するのは他ならぬあなたですから」
 ヒスイ「ほんっとうに、お前はいい性格してるよ!」

 そうして休憩しているあいだに次の娘からの声がかかりました。
 王子はとっさに笑顔を作ると、再び広間に戻っていくのでありました。

 イスカ「はー……、王子様も大変なんでチュね〜」
 セイ「ふふふふふ……使えるぞ、今のネタは。ふふふふふ、ふはははははははは!」
 イスカ「ああっ、なんだかどす黒いオーラがっ」

    *

 さてさて、カメラさん、こっち。
 舞台は再び広間からお届けいたしまーす。

 曲が始まり、王子はまた次の娘の手を取りましたが。
 舞い戻ってきたシンデレラはすかさず足払いをかまします。そして口元は扇で隠して、ひとにらみ。
 次の娘はその眼力に恐れおののき逃げていってしまいました。

 ヒスイ「……二度目だな」
 セイ「王子様、代わりをつとめますよー♪」
 ヒスイ「特に代わっていただかなくても次の相手がいる。申し訳ないが……」
 セイ「でも、曲が始まっちゃいましたよ?」

 不公平はよくないとお思いになる王子でしたが、仕方ないので目の前でにこにこ笑う謎の姫の手を取りました。

 セイ「ところで、本当に王子は、好きな人はいないのかな?」
 ヒスイ「貴様、馴れ馴れしいぞ」
 セイ「ごめんねー、こっちが地なもんでねー。さっき中庭でしゃべってるのをちょっと耳に挟んじゃったんだよねー」
 王子様の表情が険しいものへと変わりました。
 セイ「笑顔笑顔♪」
 ヒスイ「そうだったな」
 にーっこり、王子は気合いを込めた作り笑いを浮かべました。傍目からみれば二人は仲良く談笑しているようにさえ見えます。
 ヒスイ「貴様、どこから聞いていた」
 セイ「ほぼ全部♪ 大変だねー、お国のために結婚しなきゃならないの? もう一度聞くけれど好きな人はいないのかな?」
 ヒスイ「おらん。だが国は、私に『好きな人』ができるまでの時間など与えてくれん」
 セイ「そうかー、それは残念だねー」

 シンデレラは心から王子のことが好きだったので、ほんの少し寂しく思いました。

 セイ「王子が好きだよ。だから、あなたが幸せになれるといいなと思う」
 ヒスイ「そうか」
 セイ「あっ、そっけない。本当に本当にそう思ってるのにっ」
 ヒスイ「……そうか」
 セイ「だからね……。一緒に組まない?(にやり)」

 それからずっと王子とシンデレラは踊り続けました。
 にこやかに、ひそひそと。

   *

 なんということでしょう。
 王子はあれからずっと、謎の姫君(=シンデレラ)と踊りっぱなしなのです。
 順番待ちをしていた壁の花たちは羨望のまなざしを送ります。

 レイガ「きぃぃ〜〜〜! うちの娘のときは一回きりだったのに〜〜〜っ!!」
 アイシャ「お母様、まだアレの正体に気づいてないのかしら」
 トーラ「お母様が気づいたらそれもまた後が怖いんだけど……私たち、何も見てないのよね?」
 アイシャ「そうよ、私たちはなんにも見なかったのよ」
 二人の姉たちは保身に走りました。
 賢明な判断です。

 楽しい時間は飛ぶように過ぎて……広間の大時計は十二時の鐘を鳴らしました。

 セイ「(演技)まぁッ、いけませんわ、もうこんな時間! 王子様、失礼いたします!」
 ヒスイ「あ……待ってくれ!」

 シンデレラはドレスをひるがえすと、雌鹿のようにかろやかに駆けだしました。
 十二時を一瞬でもすぎると魔法はとける、といわれていたのです。
 王子はシンデレラのあとを追いかけます。
 王子はまんまと広間からの脱出に成功しました。

 仙女がかけた魔法は巧みでした。鐘がひとつ鳴るごとに魔法が少しずつ解けていきます。
 金色の馬車はかぼちゃになり、六頭いた馬は一匹ずつはつかねずみに変わり。

 セイ「さすがあの方、徹底しすぎ!」
 イスカ「遅いでチュよ! 早く早く!」

 と、台詞を吐いていた御者もあっという間に物言わぬどぶねずみに戻ってしまいました。

 シンデレラ、よほどあせっていたのでしょうか。それともヒールの高い靴で全力疾走したのがたたったのでしょうか(普段履かないからね)、ものすごく珍しいことにシンデレラが蹴つまずきました。階段の一番上で。

 セイ「うっそー!!(涙)」

 新撰組名物・池田屋の階段落ちもかくやという勢いで、シンデレラは落ちていきました。
 幸い、受け身はしっかりしたので頭は無事でしたが(さすがはシンデレラ)。
 いったい何段あるんだという階段から落ちては全身打撲はさけられませんでした。
 そのあいだに最後の魔法もすっかり解けて、もとのぼろを着た貧しい娘があらわれました。美しく着飾った謎の姫君のおもかげはどこにもありません。
 まー、本人、そのほうが喜びそうですがね。

 セイ「おー痛え。踏んだり蹴ったりだけど、世の中こんなもんさっ。まーいいや、これで明日王子が『姿を消した謎の姫と結婚する』とおふれを出せば、しばらく『結婚しろ』攻撃の時間稼ぎができるってもんだ。
 王子は時間稼ぎだけのつもりでも、目の色変えた従者たちは必死になってオレのこと探すかもしれないしね♪
 うふふ、待っててね、王子♪」

 ぼろをまとったシンデレラ、かぼちゃの皮を胸に抱き、はつかねずみとどぶねずみ、とかげぞろぞろ従えて、おうちへ戻っていきました。

 さて、姫のあとを追いかけた王子は。
 実は先ほどのダンスのあいだ、こんな企てを持ちかけられたのです。
『自分と結婚したいといえばいい。今の自分は魔法使いのおばあさんに変身させられた見た目だから、魔法がとけたらきっと出会えない。しばらくの時間稼ぎくらいにはなるだろう』
 と。
 追いかけてきてみても、もうあの姫の姿はみあたりません。衛兵に聞いても、百姓女がひとりでてきただけで姫君の姿など見ていないといいます。彼女(?)のいさぎよさにほんのすこし胸が痛む王子でした。<騙されてる、騙されてる。
 さて、その王子、階段のところできらきら輝く靴を片方見つけました。

 ヒスイ「……これは……」

 そっと靴を拾い上げます。

 ヒスイ「……銀ラメ混の塩ビの靴? すごいな、ヒールまで透明アクリルでできてて、靴底には黒ゴムが張ってある。凝ってるな……。その前に、この世界に塩ビがあったのか」

 ないです。仙女の想像力のたまものです。
 うっかり仙女が気合いをこめすぎたため、どうやらこの靴だけ、時間限定魔法をかけそびれたようです。十二時をすぎたのにいつまでもそこにありました。
 しかも。
 それは不思議な靴でした。持ち主以外の足に履かせてみようと思うと、うんと小さくなってしまうのです。

第三幕

 舞踏会の翌日、国中におふれがだされました。

『この靴がぴったりはまった姫を、王子の妻とする』

 はじめは王女さまたち、ついで公爵令嬢たち、それから宮廷のすべての貴婦人たち、というふうに、つぎつぎとその靴がためされましたけれど無駄におわりました。
 そしてとうとうシンデレラの家にもやってきたのです。
 使者は両手で絹張りのクッションを捧げ持ち、絹張りのクッションの上には塩ビの靴……いえ、通称「ガラスの靴」がちょこんと乗っておりました。

 レイガ「んまあ! なんて可愛いッ♪」
 トーラ「うちで一番可愛いもの好きなのって、お母様よね」
 アイシャ「そうねぇ……」

 シンデレラは隅っこで掃除をしておりました。
 お城からの使者にけなげさをアピール。
 内心ではうまくいったとにんまり。
 
 レイガ「ガラスの靴って女の子の憧れね♪ 儚く、壊れていきそうな、乙女の夢♪」
 アイシャ「あら、お母様は『乙女』じゃありませんし『女の子』でもありませんわよね?」
 レイガ「おほほほほ。そうね、私は夫と子供がいる身ですものね〜〜〜♪」
 トーラ「どこからツッコめばいい?」
 アイシャ「放っておきなさい(微笑)」

 ガラスの靴は女の子の憧れだそーです。しかしアレの素材はガラスではなく、塩ビと透明アクリルです。もろく壊れそうな外見と、柔軟にして頑丈な実体が同居しています。まさにオトメゴコロそのもの。乙女はけっこうしたたかです。

 二人の姉は一応ガラスの靴をためしましたが、失敗に終わりました。
 上の姉はともかく、下の姉は普通より小さい足をしているのですが。
 仙女のかけた魔法のせいで、かならず実寸より小さいサイズの靴になってしまうのです。

 レイガ「がんばんなさい、二人とも! なんならつま先かかかとを切っておしまい!」
 トーラ「お母様、それ、グリム版シンデレラ。この芝居はペロー版だってば」
 アイシャ「さて……シンデレラ、あなたはどうする?」

 一応声をかける上の姉。
 そうですね、声をかけておかないと後が怖いですからね、このシンデレラは。
 シンデレラは少し考えて、答えました。

 セイ「やる」

 靴は(当然ながら)シンデレラの足にぴったりでした。
 そしてシンデレラが服の隠しからもう片方を取り出して履くと、お城の家来も、新しいお母様も、びっくりしました。
 余談ながら二人のお姉様は二人そろって明後日の方向を向いていましたが……。

 そうしてシンデレラはお城へ招かれることになりました。
 まぁ当然の成り行きです。
 原作ではここらでめでたしめでたしです。

 さて、そこはそれ……「この」シンデレラが、原作通りに行くと思います?(笑)

 お城につくと、そこにはある人が両手広げて招いてくれました。

 サイハ「おめでとう、私の可愛い子猫ちゃん!」
 セイ「ぎゃーーーッ!?」
 サイハ「人を怪獣かなにかのように驚かないでちょうだい」
 セイ「なんであなたがここにいますかー!?」
 サイハ「じゃあ聞くけれど、なぜあなたがここにいるの?(にっこり)」

 ……セイ、じゃない、シンデレラは考えてみました。
 ここにいるのは、靴がぴったりだったから。
 靴は、舞踏会で落としてきたから。
 靴を作ったのも、魔法でドレスを着せたのも、舞踏会に行かせたのもみんなみんなそういえばこの仙女が関わっているのです。

 セイ「仙女サマ……あなた何を企んで……(恐れおののき)」

 と、そこへ王子様登場です。
 ヒスイ「待たせたな」
 セイ「王子様っ♪」
 サイハ「あら、王子♪ お久しぶりね♪」

 セイ「はい?」

 事態が飲み込めません、シンデレラ。それはそうでしょう。台本のどこにも書かれておりません。

 ヒスイ「いやぁ、しかしこんなに簡単に物事が進むとは……おかげで『結婚しろ』攻撃もおさまったし、民衆からの支持率もあがった。苦労していた娘を妻にするという話がよほど受けたらしい」
 サイハ「お褒めいただき光栄ですわ♪ 謝礼は、うちの子猫ちゃんが王子の娘を産めば、その子をもらうということで♪」
 ヒスイ「今度は『ラプンツェル』か? まぁいい、それで手を打とう。繰り返すが男子ならやらんぞ。王位継承権第一位だからな」

 セイ「王子ー!?」

 ヒスイ「こちらの魔女……いや仙女どのが『困っているなら助けてやる』とおっしゃられてな。けなげにもご自分の名付け子を差し出してくださるという。ありがたくその申し出を受けたまでのこと。なにしろ貴殿は、こちらの魔女どのにいわせると『王子の前では猫をかぶった悪魔。ぶんなぐっても蹴とばされても馬車馬のように丈夫』だそうだが?」
 セイ「なんてこと吹き込むんですか、御大!!」
 サイハ「おほほほほ。真実でしょう?(にーっこり)」

 キドラ「なるほど、そういうことならお妃教育に手を抜く必要はありませんな」
 ヒスイ「まかせる。できるだけ時間をかけて仕込んでくれ。独身時代がそれだけ延びるしな」
 キドラ「おまかせください(深々)」

 ヒスイ「ああ、シンデレラ姫。今更説明は不用だろうが、うちの従者と仙女どのは繋がっててな」
 セイ「……その可能性を考えなかったオレが甘かったよ……(泣笑)」

 そうしてシンデレラはいつまでもいつまでも幸せになりましたとさ。
 セイ「幸せか!? 幸せなのか!?」
 サイハ「幸せでしょう? 愛しい王子様のそばにいられるのですもの?」
 キドラ「正論ですな。ああ、こちらの姫君の義母どのを家庭教師としてお呼びしましょう。行儀作法の教師として素晴らしい実績をお持ちです。上の姉君は家事を仕込むことにかけてはプロフェッショナルだとか。下の姉君はやや遊びがすぎる傾向があるようですがその分ダンスや歌に造詣が深いと聞き及んでおります」
 サイハ「まぁ、素敵♪ 花嫁修業として最適な環境で育ったのね、シンデレラちゃんってば♪」
 キドラ「王宮のメイドがひとり増えましたな。まずは城中の床磨きから始めてもらいましょうか」
 セイ「ちきしょー! やってやるとも、王子のために! 待ってて王子。愛してるからねー!!」

   *

 ヒスイ「(ぞくっ)」
 イスカ「大丈夫でチュか? 王子、ホントにアレをお嫁さんにするでチュ?」<なぜいる?
 ヒスイ「……いざとなれば逃げる」

 仙女に対する報酬、踏み倒す気まんまんですな、王子。
 ともあれ、めでたしめでたし。

<幕>

舞台裏

 セイ「あんまりだー! なんでオレがシンデレラなんだー! しかもちっともめでたしめでたしじゃないー!」
 アイシャ「すっかり劇中劇シリーズ、主役は女装ってことで定着しちゃったわね」
 トーラ「うーん、さすがに次あたりは女の子を女役の主役にしようかなと作者は考えてるみたい(笑)」
 ヒスイ「作中でも少し触れたが、今回はグリム版ではなくペロー版のシンデレラでお送りした。発表されたのはグリム版よりペロー版のほうが早いが、民話をそのまま伝えているという点ではグリム版のほうが童話の『えげつなさ』が残っていてなかなか興味深い」
 コゥイ「今回、登場する人間が少ないぞ! オレの出番は!?」
 レイガ「童話ってのはたいてい、モブは多いんだが、台詞のある重要キャラは限られるんだよな。継母、姉1、姉2、王子の配役はすんなり決まったそうだが、主役はお前さんと青いのの2択だったそうだ。……作者がお前さんのシンデレラは見たくないとさ」
 イスカ「僕もそれは見たくないです。セイでさえいいかげんアレだったのに……(汗)」

<終>

<あとがき>
 いったいいつのまに劇中劇はシリーズになったんでしょうか。
 エイプリルフール記念馬鹿話でした。
 次回作がラプンツェルになるかどうかはまだ未定です。

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