ピン
それとも「キン」と言うべきか。
微妙で、独特な音。
ジッポライターを開ける音。
わたしの好きな音。ジッポには様々な種類がある。
シンプルな銀一色、何もないジッポ。
使い込むのによさげでいい。
クジラのしっぽがついているジッポ。
全体が青色でしっぽだけが銀色。それと、銀一色。二種類ある。
青色が好き。色の具合が好き。
でも、それは飾り物。使うのなら銀一色がいい。
青色は使っている途中はげてきて、なさけない姿をさらしそう。それが、嫌。
使い込んでしまえば、味が出るのかもしれないけど、それなら銀一色を使い込みたい。
ちょっと細身のサイドデザインがあるジッポ。
イルカの模様で、いろいろなデザインがある。
イルカが青色だけのものや、水色と二色つかってあるもの。
イルカの数もいろいろ。
イルカがいっぱいいて、二色使ってあるのが好き。
おしゃれに持ちたい。ジッポは一生ものとも言う。
ちゃんと手入れすれば、ずっと使えるからであろう。
人によっては、愛情深く使いつぶす人もいるらしいが、それでも普通のライターに比べれば、長くもつだろう。
大切に使えば、ジッポは本当に一生ものだと思う。
そして、ライターという性質上、ジッポは持ち歩くものである。
ジッポをコレクションにしている人もいるが、普通は肌身離さず、持ち歩き、使うものである。
それゆえか、
一生つきあっていきたい。つきあってください。離さず、そばにおいてください。
ジッポのようにわたしも。
と言う意味をこめて、ジッポを贈る。ジッポをプレゼントするというのは、そんな意味があるんだよと、言われたことがある。
それは、プレゼントにジッポを買ったときの話。
ジッポを初めて買ったときの話。
一番悩んで、一番ほしかったものを贈ったプレゼント。
感謝の気持ちをこめて買ったプレゼント。
彼はわたしの好きな人。
だから、その話はちょっとくすぐったくて、うれしかった。
煙草を吸う彼には、それが似合うと思った。
そして、使えるものを、絶対に使ってくれるものをプレゼントしたかったのだと気付いた。ジッポと煙草は切れない縁で結ばれている。
ライターの用途なんて煙草の火をつける以外にほとんどない。
だけど、煙草は嫌いだった。
煙が苦手で嫌いだった。
歩きながら、くわえ煙草。ふと気がつけば、煙にまかれる。煙をさけて、息をつと止める。
ものすごく嫌いで、苦手だった煙草が平気になったのはいつのことだろう。煙草には、本当にいろいろな種類がある。
最近、喫煙の害が、取り上げられ、禁煙の場所が増えて、喫煙者は追いやられるようになった。
そして、吸うにしてもタールやニコチンの少ないものをと、今までの煙草にくわえて各銘柄から「―ライト」と、有害物質が少ない煙草が、多く発売されはじめた。
それから、メンソールの煙草。女性がよく吸っているようである。
周りに吸う人がいなかったから、なんの関心もなかった。ただ、煙が嫌いだっただけ。
だから、煙草の銘柄、種類。気にもとめてなかった。
わたしが知っていた煙草は、「Marlboro」とか、そんなところ。「Marlboro」は、ヘビースモーカーの探偵が事件を追いながら、いつもくわえている煙草。
そんなイメージがある。
小説やTVのなかでジッポや煙草が出てくるのは好き。
金属製のきれいなシガレットケースの上におかれたジッポはおしゃれ。
煙草の箱の上に、無造作におかれたジッポ。
紫煙を燻らせながら、ジッポをもてあそぶ男。
気怠げにすべてに無関心なふりをして、すべてを観察している男。
かたわらには、煙草とジッポ。
そんなのはかっこよい。
男が吸っている煙草を、女がつと奪って一口吸う。
妖しげな色気が漂う。
みょうな憧れをいだいていた。
でも、それは現実でないからこそ、好きだった。煙草が身近になったのは彼と出会ってから。
赤い「LUCKY STRIKE」
わたしが初めて、気にとめた煙草。彼が吸っている煙草。
「LUCKY STRIKE」には、ほかにライトの青とメンソールの緑がある。
彼はヘビースモーカーで、ちょっと控えようと青にしてみたら、吸う本数が増えたと、また赤を吸っている。
「LUCKY STRIKE」には独特のにおいがある。
煙草なんてみんな同じと思っていたわたしは、気がついていなかった。
今でも、煙草のにおいの違いなんてわからない。ただ、赤の「LUCKY STRIKE」だけがわかる。
気がつけば、そのにおいで安心しているわたしがいた。次第に煙になれて、まわりで吸われても気にならなくなった。
それでも、煙草の味なんて、どんなのだろうとも考えたこともなかった。
いらない、試すなんてとんでもないと思っていた。
だから、煙草の味なんて知らなかった。
初めて彼とキスをしたとき、苦い味が口にひろがった。
苦い味。なにが苦いのか、一瞬わからなかった。
煙草の苦みだった。
こんな苦いもののどこがいいのかわからなかった。
ただ、舌がしびれるような感覚が、印象的だった。
キスを重ねるうちに、なじんでしまった、舌のしびれる感覚。
腕を絡め、キスをねだる。
独特の苦みが口の中に広がる。
だんだん、煙草の魅力がわかった気がした。ジッポは好きだったけど、煙草は嫌い。
だから、ジッポは見ているだけのものだった。買っても使えない。だから、いらない。
使わないジッポは飾りもの。ジッポを飾りもので、終わらせるのは嫌だった。
だから、買わない。いらない。そう思っていた。
今では煙草は平気。煙もにおいも。そして、味も。
だけど、煙草は吸わない。
でも、ジッポを買った。
彼の煙草に火をつけてあげるため。自分のジッポを買ったけれど、ほしいジッポはほかにもある。
買ってしまいそう。でも、飾りものにはしたくない。そんなはざまで揺れている。
でも、一番ほしいのは彼に贈ったジッポ。
彼とおそろいのジッポがほしいのか、あのデザインのジッポがほしいのか、彼のがほしいのか。
わたしが買った初めてのジッポ。いつまで経っても、それは特別なジッポ。
煙草を吸う彼は、良い具合に使い込んでくれている。
それを見るとき、幸せな気分になる。
それは、彼に会えたから? ジッポを見られたから?彼と会うとき以外には、役立たない自分のジッポ。
時折、火をつけて、手入れをする。
今度会えるまでの、寂しさを紛らわしながら。
「LUCKY STRIKE」がほしくて、自販機に目がいく。
でも、買わない。煙草がほしいんじゃない。
彼がほしいだけ。
だから、次に会う日を指折り、数えて待っている。