<猫を飼おう!>
 

「ねぇ、ねぇ、猫飼おうよう。」
ごろごろと絨毯の上を転がりながら、女が俺にじゃれついてくる。
こいつは、ふと思い出したかのようにこういう事を言い出す。

「だめ。」
二の句が告げないようにすぱっと言い切る。
放っといてもしつこく絡んでくるだけだからなあ。

「猫〜、猫、猫〜。」
女はしつこく絨毯の上をごろごろと転がりまわっている。
まあ、いつものことだし、何かあったらすぐに忘れるだろう。
というわけで、いつも通り放置。
すると、くいっくいっとセーターの裾が引っ張られた。

「ねぇ、ねぇ、お腹すいた〜。」
顔を合わせるなり、女の口からそんな台詞が飛び出した。
なんでこいつはそんな切なそうな顔して、そんな台詞を言うかなあ。

「はい、はい。」
俺は、しょうがなく、女のために飯を用意してやるのだった。
 
 
 

女が目の前でうまそうにご飯を食べている。
なんで、俺はこんなやつと暮らしてんのかな。
ふと、そんな考えが頭をよぎった。

「ん〜? なんかついてる?」
女は俺の視線が気になったのか首を傾げる。
あー、そうか。
こういう何気ない仕種が俺のツボに嵌ってるんだな。
なんとなく納得してしまった。

「なんでもないよ。」
なんとなく照れくさくなったので、ワシワシと女の頭を揺すってやった。
こういう風にされるのが好きなんだよな。
ほんと、変な奴だ。
とは言っても俺も人のことは言えないか。
なにしろ、こいつのこういう所が好きなんだから。
 
 
 

「おかえり〜!」
俺が家に帰ると、女が俺に飛びついてきた。
こいつがこういう行動を取る時は、決まって機嫌がいい時だ。

「あのね、あのね、友達が旅行に行くんだって。」

「それで?」

「しばらく猫を預かってくれって。」
女はにこにこと笑っている。
俺はなんとなく嫌な予感がした。

「だめって言っても、もう約束しちまってるんだろうなあ。」

「うん。」
予感的中。
女から満面の笑みが返ってくる。
こんなに嬉しそうな顔を見せられたら怒るに怒れない。
俺ってほんと、こいつに甘いよなあ。
 
 
 

「ただいま〜。」
玄関の扉を開けた俺は一瞬、硬直してしまった。
いるはずのないものが、そこにいたからだ。

「・・・そういや、預かることになったんだっけ。」
帰ってきた俺を迎えてくれたのは猫だった。
頭を撫でようとしたら、しっかりと手を噛まれた。

「・・・腹、減ってるのか?」
俺はなんとなく猫にそう聞いてみた。
なんとなくそんな気がした。
そう、なんとなくだ。

「なーお。」
甘えたような鳴き声で猫が答えた。
やっぱ、減ってるんだろうな。

「・・・こんな所で寝てると風邪引くぞ。」
居間では女が絨毯の上ですやすやと寝ていた。
こいつの事だから、猫と遊んでそのまま寝ちゃったんだろう。

「たしか、こいつの缶詰を貰ったって話だけど。」
ひとしきり探してみたが、缶詰は見当たらない。
まさかこいつ、食べたんじゃないだろうな。
ちらりと絨毯の上に寝転がっているものを見る。
それは、実に幸せそうな寝顔をしていた。

「冗談めかしたことを考えていてもしょうがないか。」
というわけで、わざわざ猫に餌を作ってやることになった。
歩くと猫が足元をてこてこと追いかけてくる。
どうも、ご飯が待ち遠しいらしい。

「はいはい、ちょっと待ってな。」
 
 
 

「お腹すいた〜。」
ちょうど、猫の飯を作り終わった時にそんな声が聞こえた。
猫の飯の匂いにつられて目を覚ましたらしいな。

「あ〜、猫ちゃんが何か食べてる・・・。」
「いいな〜、私もなにか欲しいな〜。」
何かを訴えるような瞳で女は俺を見つめてくる。
俺は至極、こういう目に弱い。
結局、いつも通りこいつの分も料理を作ることになった。

「なあお前、猫の缶詰どこにやったんだ?」
料理をしながら俺は女に尋ねていた。
こういう事はすぐに聞いておかないとな。
忘れられないうちに。

「缶詰?」
「もうないよ、私が食べちゃった。」
あっさりと、平然とした顔で女が答える。
食べた?
頭の中が一瞬、真っ白になった。
が、すぐに意識を取り戻す。

「なんで、お前が食う?」
「それはこいつのだろうが。」
俺は足元で食事中の猫を指差す。
俺達の事などお構いなし、幸せそうに食事中だ。

「だって。美味しそうだったんだもん。」
その一言で気が抜けた。
俺の頭の中は完全に真っ白になっていた。
 
 
 

「んー?」
ぷにぷにと誰かが俺の頬を触る感触で目が覚めた。
俺の目の前には猫がいた。
そういえば、昨日預かったんだっけ。

「にゃーお。」
俺の意識を引き戻すかのように、そいつは可愛らしい声で鳴いた。
躾が出来てるなあ、こいつとは大違いだなあ。
ちらりと横目で隣でねているやつを見る。
寝顔は可愛いのになあ。

「いてっ。」
何かと思えば、猫が俺の手を甘噛みしている。
これがこいつ流の飯の合図らしいな。

「わかった、わかった。」
仕方なく、俺はこいつの飯を作ってやることにする。
・・・あいつの分も作っておくか。
きっと、ご飯の匂いにつられて起きてくるだろうしな。
 
 
 

「お腹すいた〜。」
布団を引きずったまま女が寝室から出て来た。
まあ、予想通りの行動というか何というか。

「できてるよ。」
ぴっと机の上を指差す。
そこには俺の自慢の料理が並んでいる。
たまには、気合いを入れて作ってみたくもなるわけだ。

「ほんとだ〜。」
食べ物を見た途端、ぱっと女の目が輝く。
ほんと現金なやつだな。
でもまあ、そこがかわいいんだけどな。

「いただきます〜。」
布団を抱え込んでご飯を食べ始める女。

「布団は寝室に置いてこいよな。」
寝室への通りすがり俺は布団を持って行こうとした。
しかし、布団はまるで岩のように動かない。
見れば布団はしっかりと女の膝に挟み込まれていた。

「なんで、抵抗する。」
俺は半ば呆れた視線を女に送る。

「らって、さむいんらもん。」
食べ物をほおばったまま、むぐむぐと答える女。
こういうほっぺたを見るとついつい引っ張りたくなってしまう。

「食ってから喋れよな。」
お仕置きがてら、うにうにと女のほっぺたを引っ張ってやる。
それでも口の動きは止まらないんだから大したもんだ。
変な所だけ妙に器用なんだからなあ。

「ばか〜。」
やっとこ食べ物を飲み込んだ女の一言。
ほんとこいつといると飽きることがない。
 
 
 

猫を預かってから何日か経った。
こうなると、この猫の性格もよくわかってくる。
あいつ、餌が欲しい時だけ俺のとこに来るんだよな。

「どこぞの誰かさんにそっくりだ。」
ぼんやりと猫と戯れている誰かさんを眺めながら呟いた。

「誰が誰とそっくりなの?」
女はきょとんとした顔で俺を見つめていた。
その下では猫がぴくぴくっと耳を立てて俺を見つめている。

「な、なんでもない。」
なんて耳してんだか。
こりゃ、うかつなことは言えないな。

「そういや、猫返すの今日じゃなかったっけ?」

「そうだよ〜。」
「これだけ可愛いと、返すの惜しくなっちゃうよね。」

「そうだな。」
相槌を打つようについ、そう答えてしまった。
俺にはこっちを見た奴の目がキランと光った気がした。

「ねえねえ、猫飼おうよう。」
おねだりするかのように女が俺に擦り寄ってくる。

「だめ。」
悩むことなく俺は即答していた。

「えー、なんで〜?」
「さっきは、返すの惜しいって言った癖に〜。」
女はしつこく食い下がってくる。
こういう時だけ妙に頭が回るんだからなあ。
不思議なもんだ。

「言ったのはお前。」
「猫は確かにかわいいけどな。」
「俺は別の奴の世話で手一杯なんだ。」
俺はそう言うと、わしわしと女の頭を揺すっていた。


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